第123話 オリエンテーション 7

「川があるな」


 潺の音が俺に川の存在を教えてくれた。


「え?」

「本当か?」


 ロビンもゴードンもまだわかっていないらしい。

 自然の中で水の確保は絶対要件。死活問題になるからだ。


 川の音は命の音。そう師匠に教えられている。

 俺は音の方を辿った。

 道なき道ではあるものの、然して急でもないし、危険な生物や毒性のものもなかった。


 木々をかき分けるだけで通れる安全な道を通り、俺は音の方へと向かった。

 俺達は今、水着だ。

 全身を覆うゴードンのような水着ならともかく、ロビンや俺のような水着だと山道の散策には不向きだった。


 まぁ、俺は肌を切れる程度気にしないが流石にロビンは可哀想だ。

 そのため先導する俺は木々の葉や枝を折りながら突き進むことで後ろの二人が歩きやすいようにしていた。


 そして開けた場所に出る。

 眼前には川が広がっていた。

 清流だ。澱みの無い綺麗な小川だった。

 よく見れば魚が泳いでいる。


「本当に川があったね! しかも魚もいるし! 凄いやアイガ君」


 ロビンがキラキラした目で俺を見てくれる。

 後ろでゴードンも「凄いな」と一言褒めてくれた。


「で、どうする? 釣り竿でも作って釣るか?」


 ゴードンが竿になりそうな木を探しながら聞いてきた。

 しかし、竿代わりの木はあるだろうが、糸の代わりになるものがあるだろうか。無論、魔法で生み出せるかもしれないが。


「それより水魔法で川の流れを変えて陸に上げる?」


 ロビンの提案に俺は驚く。魔法とはそんなこともできるのか。


「小川といえ、流れのある川の軌道を変え剰えその中にいる魚を陸に上げるなどといった緻密な魔法操作は大変だぞ」

「そうか……そうだよね」


 ゴードンによってロビンの案は却下された。


 どうやら難しい技術を要するらしい。

 俺はどちらの案も面倒だな、と思いつつ近くにあった少し大きめの石を持ち上げた。


「それどうするの? アイガ君」


 ロビンが驚きの表情で聞いてきたが俺は答えるよりも先にそれを思いきり川目掛け叩きつけた。


「え?」

「なんと!?」


 二人が驚く。どうやらこのやり方を知らないらしい。

 俺が狙ったのは正確には川ではない。川の中央にあった岩だ。そこに俺が叩きつけた石がぶつかる。

 大きな音とともに投げつけた石は砕け散った。


 そして……

 魚が浮いてきた。


 俺は川に入り、急いでその魚をロビンたちがいる陸へ放り投げる。

 合計八匹の魚を手に入れることができた。


「こんなやり方あったんだ……」

「あぁ、石と石をぶつかった衝撃で魚が気絶するんだ。急がないとすぐ目ぇ覚まして逃げちまうけどな」

「うぅむ。流石だな」


 ゴードンが麻布に魚を入れていく。


「とりあえず、これだけあれば昼飯分くらいは賄えるな」


 腹が減っていた俺達はそれ以上の散策を止めた。

 竹筒に川の水を汲み、共に元の海岸に戻った。

 海岸に戻ると他のクラスメート達やクレア、サリーがいた。


「あ、クレアさん、サリーさん」


 ロビンが声を掛けると二人とも振り返った。

 おれは ちらりとクレアの顔を見る。まだ少し怒っているのか目からゆらりと火が零れた。ような気がした。


「ロビンさんたちもお魚を捕ってきたのですか?」


 サリーの視線が俺達の麻布に行く。


「うん。そっちも?」

「えぇ。でも私達魚捌けないからどうしようかな~って。最悪丸焼きでもいいし。ちょっと思案していたの」


 クレアは困惑したように麻布を持ち上げた。

 まだ活きが良いのか麻布の中身が微かに動く。俺達よりもかなりの量を捕っていたようでズシリと重量感があった。


 これは、名誉挽回のチャンスだ。

 俺は用意されていた包丁とフライパン、それと数枚の皿を長机から取る。

 そして岸にあった適当な大きさの岩を机代わりにまずは自分たちが捕ってきた魚を置いた。


 一気に三枚に下ろす。

 下ろした魚の身を皿に置いていった。そこへ果実を絞る。臭み消しだ。

 川魚だからそこまで臭いはないと思うが、念のためだ。

 また、この果実の酸味は良いアクセントになる。


 ただ全てを同じ味付けにするのは味気ない。

 いくつかの魚はぶつ切りにして、山菜と共に底の深いフライパンに入れた。

 竹筒の水をフライパンに流し、味見をしながら調味料を混ぜスープを作る。

 残りは捌かず、木の枝に突き刺し塩焼き用にした。


「こんなものか」


 俺は岸辺の砂に穴を掘り、そこに木の枝を置く。その上に岸にあった平べったい岩を置いた。無論、バランスを崩して壊れぬよう穴は細く固めにしている。


「誰か、火を頼む」


 俺が言うと、クレアが魔法で火の粉を作り、そこへそっと投げ入れた。

 火は瞬く間に燃え広がる。


 それをいくつも作り、即席の調理場が完成した。

 その上でフライパンを置く。

 火の勢いで石が焼かれ、そしてフライパンにその熱が伝わった。


 忽ちいい匂いが立ち込める。


「すごぉい!」


 後ろでクレアが目を輝かせている。

 良かった。怒りのメーターはどうやら引っ込んだようだ。


 俺は魚が焦げないよう調理に精を出す。


「ほぉ、アイガは料理ができるのか?」


 いつの間にかギャラリーが増えてきた。そこにはデイジー教諭もいる。

 一瞬視線を送ったが、あまり見ているとまたクレアが不機嫌になるかもしれない。

 俺はすぐに視線を戻した。


 そうこうしているうちに料理は完成していく。

 俺は皿に料理を装い、上から最後の〆として赤い果実の汁を掛けた。

 フライパンに残ったスープをさらに調味料で味付けして上からかければ完成だ。


「こんなものか」


 馨しい匂いがふわっと広がった。


 まずは一品目。

 次いで底の深いフライパンに手を伸ばす。

 魚に火は通っていた。そこに山菜を入れる。

 途端に山菜の色が変わった。が、まだ完成には至らない。


 塩焼きのほうが先にできたようだ。

 どうしても煮込み料理は時間が掛かるからな。

 焦げないよう塩焼きのほうを皿に盛る。


「ほい、こっちもできたぞ」


 俺はその皿をゴードンに渡した。

 ゴードンは受け取ると近くの岩に置く。机代わりだ。


 暫くして最後に俺が煮込み料理をそこへもっていく。あとは余熱で十分だろう。

 斯くして魚料理が完成した。と、いっても焼いた、煮た程度のものばかりだが。


「すごぉーい。アイガって料理もできるんだね」


 クレアが尊敬の眼差しを向けてくれた。

 見事に名誉を挽回できたようだ。

 良かった。


 よもや、あの修練の日々がこのような形で実を結ぶとは。


 顔を綻ばせながら俺は自分が造った魚料理を食べる。

 フォークなども用意されていて、いつの間にかロビンが人数分用意してくれていた。


 一口食べる。

 うん、大丈夫、旨い。

 多少、調味料で誤魔化した部分があるが不味くはない。及第点といったところか。


「旨い」

「ほんと、美味しい!」

「まぁ!」

「美味しいよ! アイガ」


 四人とも喜んでくれたようだ。

 つい嬉しくなってしまう。


 照れもあるが、俺は笑っていた。それはきっと心からの笑顔だったと思う。


 嬉しい。

 それは初めて感じる種類の喜びだった。

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