第122話 オリエンテーション 6

 気が付いた時、俺は遥か上空にいた。

 天地は逆転している。

 俺の上に海が、下に空があった。


 クレアの怒りを買い、強烈な右ストレートにて天空へと舞い上げられたのだ。

 そのまま俺は海に落ちる。

 ドボンと音を立てて海中に沈んだ。


 筋肉の塊である俺は放っておけば沈んでしまう。急いで逆さまになっている上下の感覚を戻し海上へと上がった。


「ぷっは!」


 空気を目一杯吸い込む。

 右頬が仄かに痛んだ。


「悪手だったな」


 反省する。ただ……半分以上は俺の責任ではない……と思うのだが……

 いや、ダメだ。

 ちゃんと省みなくては。

 確かにデリカシーとやらが無さ過ぎた。


 しかし……

 普通、女性が殴るときは平手パーだと思っていたが、思いきりグーだった。


 そんなことを考えながら俺は泳いで岸まで戻る。

 随分と遠いところまで吹っ飛んでいたようだ。少し時間が掛かってしまった。


「おい、アイガ! 燥ぐのは良いがさっさと戻ってこい」


 陸に上がるや否やデイジーに注意される。俺は納得いかないが頭を下げ、ロビンたちの下へ赴いた。


 チラリとクレアを見るとまだ怒っているようで目を合わせてくれない。

 これはまずい。

 なんとか許してもらわねば。


「よし! ではそろそろ合宿の試練を始めるぞ。午前はずばり『サバイバル』だ」


 デイジーの声が響く。

 そうだ。ここには遊びに来ていたわけじゃない。


 つい浮かれて忘れていた。

 合宿、即ち鍛錬のために来ている。


 その一発目の内容。

 サバイバル。


 さてそれは如何なる試練なのか。


「諸君、ここはガイザード王国屈指のリゾート地だ。羽目を外すのもわかる」


 そう言ってデイジーが俺を見る。その視線に誘導されて数名のクラスメートの目も俺へと向けられた。

 いや、遊んでいたわけじゃないんだが。

 少しイラっとしたが、俺は黙する。


「だが、ここへ来た目的をもう一度認識してほしい。ここへは合宿に来ているのだ。それを努々忘れないでほしい。そしてもう一つ。ここへは遊びに来ていない……つまり接待などされない、ということだ」


 デイジーの言葉に全員がポカンとしていた。

 俺も、その真意がわからない。

 デイジーはニヤリと笑う。


「早い話己の飯くらい、己で用意しろということだ。故に『サバイバル』」


 その言葉で全員に動揺が広がった。


「え……と……それってご飯が無いということですか?」


 誰かが質問する。

 デイジーは額にあった眼鏡を外し、笑みを消した。


「あぁ、そうだ。力のない者は飯抜きだ」


 成程、そういうことか。

 この大自然の島で採取と狩猟を学ばせるつもりだったのか。

 既に俺はそれができているが、貴族出身者や強い魔力を持っているだけの彼らに果たしてその能力があるかどうか。


 そして……それがどうして魔法使いの鍛錬になるのだろうか。

 何かしらの意図、目的があるのだろうが、俺にはさっぱりわからなかった。


「仕方が無いので調味料と調理器具くらいは用意してやった」


 デイジーの後ろには簡易的な長机が用意されていて、そこに調味料の類や大量のフライパン、包丁などが陳列されていた。

 それ以外にも麻布や、竹筒もある。運搬のための道具だろう。


 料理に関しては用意がありすぎる。

 ということは料理云々よりもやはり採取と狩猟が目的なのか?


「さぁ! 説明は以上だ! さっさと飯をとってこい! 己の力でな!」


 デイジーの掛け声に先ほどまで浮かれていたクラスメート達の顔が変わる。

 流石に特別科の三人は余裕そうだが。


「どうしよう……」


 ロビンは暗い顔になっていた。確かにロビンのようなタイプはこういう試練は不得手かもしれない。

 ゴードンはどちらともつかない表情だった。


「あ、あとこの島には毒性の植物があるぞ。無論死ぬような毒はないはずだが万一のときはリチャード先生が治してくれるから安心しろ」


 デイジーの言葉でクラスメート達の不安が加速する。

 しかし、流石はディアレス学園の生徒達だ。不安そうな表情のまま三々五々散っていった。

 残ったのは俺とロビン、ゴードンだけだ。

 クレアはサリーと共に山の方へ、ジュリアは一人海の方へ歩いて行った。


「どうする? アイガ君?」


 青褪めたロビンが聞いてきた。


「とりあえず、山に行くか。山なら何かしら食い物があるだろうからな。それでいいか? 二人とも」


 俺は三人で行動するがいいか、という意味合いも込めて聞いた。


「あぁ、わかった」

「うん、大丈夫だよ」


 二人とも了承してくれた。


「よし、じゃあ行こう」


 俺は二人を先導しつつ、長机の上にあった麻袋と竹筒を拝借して山へと入る。


 木々が生い茂り、木漏れ日が射すその道は穏やかな涼風が吹いていた。

 海岸の熱風とは違う心地よさが俺の頬を撫でる。

 予想通り歩きやすい山だ。


「あ、なんか美味しそうな木の実があるよ」


 ロビンが何かを見つけたようだ。

 俺はそれを眺める。


「あ~やめとけ。あれには毒がある」

「え!」


 ロビンは驚いていた。ゴードンも同じ表情をしている。


「アイガ、わかるのか?」

「え? あぁ。それ食って昔、腹壊して死にかけてるからな」

「な……なんと……」


 そう、ロビンが指さしたのは毒の木の実だ。死ぬほどではないが腹を下して熱も出る厄介な毒を持つ。

 昔、師匠の下でおやつ代わりに食べて酷い目に遭ったものだ。


 山道の比較的低い場所に生る木の実でレモンに似ているが二回りほど小さい。そして毒があるという質の悪いものだ。

 触らないほうが良い。


「凄いな~、アイガ君。博識だね。そういえば、アイガ君ってオルヴェーの山から来たって……」

「なんと!? 辺境ではないか」


 そうか、ゴードンは俺がどこから来たか知らなかったな。


「失礼だな。まぁ辺境は辺境だけど」

「だからこうした知識があるのか」


 ゴードンは納得したようだ。

 それもある。


 あぁいう場所で暮らせば……どのような場所かといえば簡単に言えば手つかずの自然しかない場所。すぐ隣に魔獣や野獣が跋扈していて、獣道しかない大自然の塊。

 師匠が建てた家(家というかは小屋か)しか人造物がない場所だ。

 暮らすだけで命がけ。


 そこでずっと修行していたためか自然と生きるということに鋭敏になった。

 毒も危険も痛い目に遭って学び続けた。


 だからクラスメート達よりはこういうことに一日の長がある。


 懐かしい思い出に浸りつつ、道中食べられる木の実や山菜を俺は選別し麻布にいれていった。

 そのまま奥へと向かう。

 不意に潺の音が聞こえた。

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