第121話 オリエンテーション 5

「て、ことがあって、パーシヴァル先生は現在療養中。リチャード先生もパーシヴァル先生に付きっきりだからこないわね」

「成程……」

「ふ~ん」


 ジュリアが説明してくれた。

 あのパーシヴァル先生でも倒れてしまうとは。熱中症とは恐ろしい。俺も気を付けなくては。


「まぁ、目の前にあんな爆弾が二つも出てきたら耐えられないでしょうね」


 ジュリアがそう呟く。

 爆弾?

 どういうことだ?

 パーシヴァル先生が倒れたのは熱中症ではないのか?


「まぁ……そうですね」

「はぁ~パーシヴァル先生ってそんな人だったんだ。嫌いかも」


 クレアが何故か不機嫌になってきた。何故だ? わからない。

 しかし下手に触るとさっきの分も含めて爆発しそうなので俺は何も言わないことにした。

 そのため『爆弾』というのが結局何のことかわからないままだ。


「まぁ、いない人は置いておきましょう」


 ジュリアがまた俺の腕に抱き着く。

 心地よい胸の感触と同時に背中を突き刺す視線。

 俺が恐る恐る振り返るとクレアが殺意と怒気を孕んだ眼で睨んでいた。


「あ……いや……」


 俺はジュリアが右手を解放し、少し離れる。


「も~アイガ君、つれないな~私筋肉フェチだからもっと触りたいのに~」


 愛くるしい眼で俺を見るジュリア。

 可愛い瞳に吸い込まれそうになる。


「アイガ君の筋肉は本当に凄いよね。そこまで鍛えている人そうそういないもん」


 ジュリアが褒めてくれるのは素直に嬉しい。


 正直、オリエンテーション合宿があるとわかってから筋肉をよく魅せることに注力してきた。

 筋トレもパンプアップを中心に行い、食事メニューも高蛋白低カロリーのささ身ばかり食べてきた。


 おかげで合宿になんとか間に合った。

 現在の俺の体脂肪は恐らく三パーセント以下。

 武術家としてなら、これはまずい。防御力と体力タンクの要たる脂肪が削ぎ落されているのは戦闘には不向きだからだ。


 だが、それよりも!

 折角クレアに見せるなら完全な美を意識した筋肉を見せたかった。

 特に今回上腕二頭筋と僧帽筋のバランスが素晴らしい。


「まぁ……確かに凄い筋肉だけど……」


 不機嫌さが幾分か緩和したクレアも褒めてくれた。

 良かった。それだけで報われる。


「でも、ちょっと不安だったんだよね」


 クレアの視線が俺の下半身に向かう。


「もし、アイガが変なビキニパンツ履いてきてたらどうしようって思ってたもん」

「確かに……私筋肉フェチだけどあのパンツ履いてこられたら流石に引いてたかも」

「マッチョの人ってすぐあれ履くよね。はぁ~良かった~アイガが普通の水着で」


 え……まさか……

 あれほど犬猿の仲だった二人の意見が一致した。


 しかもビキニパンツが原因だと。

 ここまで不評だとは思わなかった。


 俺はあれのほうが良かったと思っていたくらいだが、この二人がここまで意見を合わせるとはよっぽどダメなのか。

 俺は稲妻を浴びたかのような衝撃を受けていた。


 咄嗟にロビンを見る。

 ロビンは軽くウィンクしてくれた。


 危なかった。本当に危なかった。

 ロビンが頑なにこの水着を推してくれて良かった。

 俺はまたロビンに助けられたようだ。


「う~ん」


 ジュリアが俺の胸筋を眺める。

 その眼に悪戯な火が灯っていた。


「やっぱりそうだよね、アイガ君、クレアより胸あるんじゃない?」

「はぁ!?」


 クレアの怒りが一気に燃え始める。


「だってアイガ君、これだけ見事な筋肉しているのに絞れているところは完璧に絞っているじゃない。多分カップに直したらBくらいあるかもよ」


 ジュリアの言葉にクレアの額に青筋が浮かぶ。


「私だってそれくらいあります!」

「まだ言っているの? あなたAAダブルエーでしょうが」

「な!!」


 二人の攻防を俺は冷や冷やしながら眺めていた。

 その矛先がいつこちらに来るかわからないのもあるし、女性同士が喧嘩しているのはやはり心苦しい。


 そんな中、ジュリアが齎した大切な情報。

 クレアはAA。

 俺は脳裏に刻み込んだ。


 しかし……

 AAとは?

 カップ数はA、B、Cと上がっていくのではないのか?

 と、するならAとBの中間くらいか。

 ふむ。


「あ、アイガ君何か勘違いしているかもしれないけど、AAってAより下ってことだよ」

「え!? Aより下なんてあるの!?」


 ジュリアの言葉に俺は心底驚く。

 瞬間、背中に怖気が這う。


 俺がゆっくりとクレアを見る。

 クレアの後ろには具現化されたどす黒い炎が渦巻いていた。ように見えた。

 殺意と怒気がクレアから漏れている。


「ク……クレア?」


 クレアが一気に俺に詰め寄る。

 その速度は恐ろしく早い。そして俺は縛り付けられたかのように抗えない。


「アイガ……貴方は一変……デリカシーを覚えてこぉい!!」


 強烈な右ストレートが爆炎を伴って俺の左頬にヒットした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る