第120話 オリエンテーション 4

 普通科の生徒がワープしてから数十分後に特別科がワープ・ステーションを使ってウィー・ステラ島にやってきた。

 本来なら普通科と同じタイミングで来るはずだったのだが、とある事情により特別科は数十分遅れてしまったのだ。


 そんな中ジュリアのみがワープ・ステーションに先行して到着する。

 そのまま彼女は大きなキャリーケースを転がしながらロッジを目指した。


 ジュリアは白いワンピースに麦藁帽というスタイルだ。ピンクと水色の奇抜な髪は括られることもなく心地よい熱風に靡く。

 彼女の片手には今流行りの恋愛小説があった。


 道中分かれ道が会ったのだが、ジュリアはその本を読みながら歩いていたため道を間違えてしまう。

 右に曲がれば生徒が泊まるロッジがあるのだが、ジュリアは教員が泊まる黒と白の旗があるロッジへ向かってしまったのだ。


 間違いに気付かず歩くジュリア。小説を読む視界の端にあるロッジを目指す。

 不意に、


「おい」


 誰に呼びかけられた。

 ジュリアが顔を上げると眼前に上半身裸のパーシヴァルがいた。


「あれ? パーシヴァル先生?」


 ジュリアは少し驚く。まだ自分が教員用のロッジに来ていることに気付いていないのだ。

 パーシヴァルの後ろには白い旗がはためいている。


 そこでジュリアはポケットから地図を取り出した。

 そして己が道を間違えたことに気付いたのである。


「あ……ごめんなさい。どうやら道を間違えたみたいですね」

「あぁ。こっちは教員が泊まるロッジだ。それと本を読みながら歩くな。危ないぞ」


 パーシヴァルに注意されジュリアは素直に謝った。

 ジュリアは本をしまい、ロッジを見る。


 自分たちが泊まるロッジより少し小さい。

 そこよりさらに向こうには黒い旗のロッジがある。

 男性教員が白い旗、女性教員が黒い旗のロッジだということがわかった。


 パーシヴァルはジュリアに注意するとロッジの前にある荷物をまとめ始めた。

 長方形の大きな箱が幾つもあり、そこには何か呪文が掛かれた札が貼られていた。


「なんですか、それ?」


 ジュリアが興味本位で聞く。


「今回の合宿で使うための道具だ。特別な魔法コーティングを施してあるものでな、問題が無いか確認していたのだ」


 パーシヴァルは作業をしながらジュリアの問いに答える。

 一通り作業を終えるとパーシヴァルは大きな箱を肩に担ぎ、ロッジの中に入っていた。


 地面には箱の重さを表すかのようにずっしりとした跡がある。

 筋骨隆々のパーシヴァルが持ち上げる際、その筋肉に血管が奔った。

 それほどの重さだったのだろう。


 ジュリアはまだ置かれていた荷物を軽く持つ。


「うっわ……」


 びくともしなかった。


 馬鹿みたいに思い。

 それが彼女の感想だった。


「まだいたのか。早く自分のロッジに行きなさい」


 外に出てきたパーシヴァルはジュリアにそう言うと、残っている荷物を持とうとした。

 ジュリアもそろそろ戻ろう、そう思っていた。


 その時。


「すいません、パーシヴァル先生。雑務を押し付けて」


 デイジーだった。

 いつの間にか黒い旗のロッジから出てきていたデイジーがパーシヴァルとジュリアのいる場所までやってきていたのだ。


「何、このくらい朝飯前で……」


 荷物を持ち上げようとしていたパーシヴァルが振り返り、見たことのない笑顔で応対した。が、パーシヴァルはデイジーの姿を見た途端膝をついてしまう。


「ぐぅ」


 パーシヴァルは片膝で辛うじて耐えた。

 己の鼻を抑え、地面を見る。

 手からは血が零れていた。鼻血だ。


 デイジーは水着姿だった。

 あの巨大な胸が白い布一枚に収まっていた。

 その姿にパーシヴァルは不意を突かれてしまったのだ。


 しかし、流石パーシヴァル。咄嗟に視界からデイジーを外すことで気絶することに耐えた。

 流れ出る血と反比例して冷静さを取り戻そうともしている。


 大丈夫だ。そう、ここは海。水着の女性がいたとしても不思議ではない。


 そう言い聞かせ己を落ち着かせた。

 彼女の前で醜態は晒せない。

 パーシヴァルは心に気合を入れる。


「だ……大丈夫ですか!?」


 そこへデイジーがしゃがみこんだ。

 耐えた、と思っていたパーシヴァルの視界に突如として表れるデイジーの顔と胸。その威力は一撃で彼を気絶させることは容易かった。


 パーシヴァルはそのまま倒れる。前のめりで倒れ、地面にどくどくと鮮血が溢れた。


「パーシヴァル先生!?」


 その光景を見ていたジュリアは瞬きを繰り返す。

 その後、ロッジの中にいたリチャードとデイジーの手によってパーシヴァルは中へと運ばれた。

 熱中症と診断されたが、ジュリアだけはパーシヴァルが何故倒れたのかわかっていた。


 遠くの方で海鳥が鳴いている。

 熱い日差しが降り注ぐ。

 爽やかな風が吹き抜ける。

 地面の血が渇いていく。


 ジュリアの心からパーシヴァルに対する尊敬の念が少しだけ薄まっていった。

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