第119話 オリエンテーション 3

 圧巻。

 その言葉以外出てこなかった。

 全員の視線がそこへ向かっている。まるで磁力に逆らえない鉄の如く。


 デイジーだ。

 水着を着たデイジーが徐に登場したのだ。

 金色の長髪はアップにまとめられていて、額には眼鏡代わりのサングラスが掛けられている。

 手には何かノートのようなものを持っていた。


 褐色の肌が青い空と白い砂に映える。それは宛らヴィーナスの誕生のように威風を放っていた。


 だが、そこじゃない。

 全ての視線が集う先。


 それは……

 彼女の胸部。


 もう、小さめのメロンなのかと思う程巨大な胸がそこにあった。それが俺達を釘付けにしたのだ。

 デイジーは白い水着を着ている。ビキニタイプで下は腰布のようなものを撒いていた。

 その白い水着もまた彼女の胸を強調するアクセントになっているのだ。

 

 加えて、元軍人……これは王都護衛部隊の違う言い方だが、デイジーは元々王都護衛部隊の人間で全身鍛えこまれている。

 引き締まった腹筋や四肢の筋肉がより彼女を彩っていた。


「流石に……あれには負けるわ……」


 先ほどまで余裕綽々だったジュリアから敗北宣言が零れる。

 クレアも静かになり目を丸くしていた。


 それほどの力を持っていたのだ。


「Jくらいあるんじゃないかしら」


 ジュリアがそう呟く。

 J? 最早想像もできない。

 Jか。A、B、C……


「数えてる? アイガ?」


 地獄すら凍えるような冷たい殺気を孕んだクレアの言葉が俺の背に突き刺さった。


「い……いいえ……」


 全身から汗が噴き出す。

 振り返るとクレアはニッコリと笑っていた。

 しかし、その笑顔から漏れ出す殺意と怒気が俺の身体に絡みつく。

 瞬時に脳に警報が鳴り響いた。


「そ……それにしても……なんかデイジー先生一人だね。他の先生たちはいないのかな?」


 不穏な空気を察してロビンが助け舟をだしてくれた。

 ナイスアシスト!

 心から俺はロビンに賞賛を送った。


 俺の目線を感じてロビンが小さく頷く。


「そういえば、そうね……」


 クレアも辺りを見渡す。どうやら怒りのゲージが引っ込んだようだ。

 俺は嘆息する。命拾い。そんな言葉が浮かんだ。


 そして、改めて周囲を見た。

 確かに教員がデイジーしかいない。おかしい。他にも教員はいたはずだ。


 今回の合宿に帯同している教員は、普通科の担任デイジー、特別科の担任の……名前すら知らないしまだ会ったことのない教員、医療魔術師であり学園の養護教諭リチャード・デッカー、そして体術教員のパーシヴァルの四名のはずだ。


 リチャード先生はかなりのおじいちゃん先生だ。今回初めてお会いした。白髪を短く刈って分厚い眼鏡をかけていた。少し気怠そうな印象だった。


 そのリチャード先生もパーシヴァル先生もいない。特別科の担任も。

 デイジーが一人、忙しなく何かの用意をしているだけだ。他の教員は来る気配もない。


「大変そうだな、デイジー教諭一人か? パーシヴァル先生もいないし、リチャード先生もいない。それに特別科の先生も……」


 俺の言葉に特別科の三人の顔が少し曇る。

 俺はそれが不自然に見えた。


「あ……あぁ……まぁ、あの人は来ないわね」

「えぇ」


 クレアとサリーが呆れたような顔になる。驚いたことにジュリアも同じ表情をしていた。


「うん? 俺はまだ特別科の先生に会ったことがないけど……なんで来ないんだ?」


 俺の問いに三人が目を合わせ、溜息を吐いた。


「うちの担任、吸血鬼ヴァンパイアだからだよ」


 クレアがそう言うと他の二人も首肯した。


 ヴァンパイア?

 流石に魔法の世界でもそんなのはいない……と、思うが……いるのか?

 逆に会ってみたい。


「それはどういうことだ?」

「その内わかるよ。うちの先生ちょっと……特殊だから」


 クレアは言葉を濁す。ますます気になった。

 しかし、それ以上三人は何も言わない。

 ジュリアすら口を閉ざし、遠くの水平線を見ている。

 これはこれで興味をそそられるのだが……

 仕方ない。この件は置いておくことにしよう。


 一方で何故パーシヴァル先生はいない?

 そちらのほうが正直気になる。


「あ、あとパーシヴァル先生は出てこないよ」


 不意にジュリアがそう言った。

 全員、キョトンとする。


「なんでよ?」


 クレアが聞くと、ジュリアは先ほど以上に溜息を吐いた。


「え……とね……実は……」


 ジュリアは語り始める。

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