第126話 オリエンテーション 10

 熱風が潮の香りを伴って吹き荒ぶ。

 その風によってクレアの赤銅の髪が靡いた。

 午後の日差しはより強く、より激しく俺達を焼いていく。


 そう、今は午後だ。


 昼飯はとうに喰い終わっている。

 作りすぎた分はクラスメートに適当に配ったので、皆一応動ける分くらいには栄養を補給したはずだ。


 ジュリアは俺達が昼飯を食べ終えた頃にやってきたが、どうやら既に食事は済ませたようだった。


 そんな折、デイジーは頃合いを見て俺達を注目させる。

 空気がガラリと変わった。

 風が微かに震える。


 彼女は長机の上にあった調理器具を片付け、代わりに大きな正方形の箱を置いた。

 縦横奥行、だいたい五十センチくらいのやや大きな箱だった。

 デイジーは準備を終えると一瞬笑って俺達を眺める。挑発的な表情だ。


「うむ。腹ごしらえは終わったようだな。では午後の試練を始めよう」


 そう言ってデイジーは箱から玉を取り出し並べだした。赤、青、黄色、黒の玉だ。大きさは拳ほど。それから一回り小さい白い玉。計五つだった。


「これから始めるのは……『宝探し』だ」


 デイジーはそう言って箱の中身をぶちまけた。


 中から色とりどりの玉が転がり、地面に落ちた瞬間スーパーボールのように跳ねた。

 だが、速度と高さが違う。

 それらは凄まじいスピードで天に向かって跳ね、そして森へと消えて行った。まるで隕石の如く。


「な……」


 これも魔法か。そして宝探し。成程、少し見えてきた。


「さて……もうわかっているものもいると思うが、今から君たちにはあの玉を探してもらう。そして今回は……チーム戦だ!」


 デイジーが指を鳴らす。

 瞬間、デイジーの後ろの砂が盛り上がり、巨大な球形の壺のようなものができた。

 壺の箱は高さ一メートルほど。その砂の壺には一と三の数字が刻まれていた。


 チーム戦?

 その言葉が引っ掛かった。


「チーム戦とはどういうことですか?」


 ゴードンが問うた。

 デイジーはまたもにっこりと笑う。


「簡単だ。一組の特別科対三組の普通科で対戦だ」

「な?」


 どよめきが広がった。

 俺も驚いている。

 普通科対特別科……だと?


 つまり壺の一は一組の特別科、三は三組の普通科を表しているのか。

 俺はクレア、サリー、ジュリアの顔を順番に見る。

 三人とも平然としていた。


「君たちは森に入り、先ほどの玉を見つけこの砂の壺に入れる。それぞれのクラスのほうにな。それだけだ。一度壺に入れた玉に触ることは禁止。そして、赤い玉は一点。青い玉は三点。黄色い玉は五点。黒い玉と白い玉はそれぞれ十点だ。壺に入っている合計点の高いチームの勝ち。どうだ、シンプルだろ?」


 成程、色によって点数が変わるのか。


「そして……君たちが森に入ってから一分後にこちらが用意した刺客を送り込む」


 刺客?

 物騒な言葉が出てきた。


「刺客ってなんですか?」


 誰かが聞いた。

 俺はそちらを見る。

 質問をしたのは、確か……エミリーという名前の女子生徒だ。

 彼女は怯えているようだった。


「なぁに、たいしたことはない低級魔獣程度のものだ。ディアレス学園の生徒たる君たちなら大丈夫。まぁ怪我をしてもリチャード先生がしっかり治してくれるさ」


 デイジーは笑って答えるがエミリーは暗い顔のままだ。不安を拭うには至っていない。

 低級魔獣程度。

 それを生徒にぶつけるとは。流石魔法の学園だ。


「時間制限は二時間! 勝負だから負けた方には罰を受けてもらうぞ」


 またどよめきが起こる。


 罰、か。

 そこはどうでもいい。

 ようは勝てばいいのだから。


 俺は脳内でルールを整理した。

 宝探し。

 フィールドはウィー・ステラ島の森。時間制限は二時間。色のついた玉を探し砂の壺に入れる。赤は一点、青は三点、黄色は五点、黒と白は十点。そして後から刺客がくる……か。


 このルールだとまずいな……

 打開策は……


「さて! そろそろ始めるか! 私は一応普通科の担任だが勝負は公平に取り締まる! だから特別科の生徒諸君も安心してほしい。そして普通科の諸君には人数のハンデがあるのだから是非とも勝ってほしい……おっとこの発言は公平ではないな。失敬。では諸君の武運を祈る!」


 デイジーはそう言って天に右手を翳す。

 そして勢いよく指を鳴らした。

 途端に指先から炎が空に向かって発射される。


 開始の合図だ。

 普通科の生徒たちは一斉に森に向かって走り出した。


 しまった。まだ何も伝えられていない。


「じゃ! アイガ。負けないからね」


 当惑する俺にクレアはそう言ってサリーと共に森に入った。


「アイガ君、バイバーイ」


 ジュリアもクレア達とは違う方向から森に入っていった。

 残ったのは俺と、ロビン、ゴードンの三人だ。


「行くか」

「あぁ」

「う……うん」


 俺達はゆっくりと森に入った。

 午前中に歩いた獣道をまた歩く。


 暫くして、ゴードンが右手を前に翳した。

 その掌中から緑色の光が飛び出して、それは折紙ほどの大きさの正方形になった。

 よく見れば、その正方形にはいくつか焦げたような痕がある。


「ふむ、この先にいくつか玉があるな」


 なんと! ゴードンは魔法で玉を発見したのだ。


「玉の場所がわかるのか?」

「あぁ。玉が飛び出した時に魔力を感知したからな。それで恐らく玉自体が魔力を放出しているのだと推察した。案の定、その魔力で探索魔法による探知が可能であったわ。あの玉は魔石でできていたのだろうな」


 流石、ゴードン。あの一瞬でそこまで把握していたのか。

 しかし……そうなると一層俺は不利だ。

 探索魔法なんて使えない。そもそも魔力を発しているのかどうかもわからない。

 地道に探すしかない。


「ふむ、成程。恐らくこの一番強い反応が赤い玉なのだろう。青はやや弱く、黄色はもっと弱い」

「そこまでわかるのか?」

「ん? あぁ。なんだアイガは探索系の魔法が苦手なのか?」


 俺は一瞬ドキッとした。

 あまり質問しすぎてはダメなのかもしれない。

 まだ彼らに俺が、魔法が使えないことは言っていないのだから。


「まぁな」


 俺はゴードンの勘違いに乗ることにした。


「僕も探索魔法が苦手だからわかるよ。一応魔法を発動したけど、さっきの玉の魔力を覚えてないからやっぱり感知できないもの。でも赤い玉はわかりやすいね。だからこれが一点なのはなんとなくわかるよ」


 魔力を覚える。

 そう言えばクレアもそんなこと言っていたな。

 わからない感覚だ。


 ゴードンとロビンで探索魔法の力に差があるということがわかった。

 つまり術者の力量で探索できる度合が変わるということか。


「ゴードン、お前ほどの探索魔法のレベルって特別科なら当たり前なのか?」


 俺の問いにゴードンは少し考える。


「う~む、クレア殿とジュリア殿はわからないが、サリーは昔から知っているのでだいたいわかるぞ。魔法としてのレベルなら我とサリーは然して変わらぬはずだから、彼女ならこの程度のことはできるはずだ」

「そうか」


 クレアは確か探索系の魔法が苦手だと言っていたが、クレアの苦手はあまり当てにならない。と、なると特別科全員がゴードンのように感知が可能と考えるべきか。


 一方、普通科の人間は恐らくそこまでしっかりと感知できるのはゴードンのみと考えていいはずだ。

 ロビンですらうまく感知できていないことを鑑みるに探索魔法とはとにかく難しいものらしい。

 加えて、全く探知に関して役立たずの俺がいるなら寧ろマイナスだ。


 特別科対普通科。人数の上でなら十八人対三人。有に六倍の差があるが戦力で考えるなら特別科のほうが圧倒的に上。

 まずいな。考えるだけで敗色濃厚だ。


「さて、どうする? アイガ、お前ならもう気付いているのだろう。この試練の危なさに」


 ゴードンは突然俺に尋ねてきた。

 そうか、ゴードンも気づいていたのか。この試練の裏のルールに。

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