第190話 不死鳥花-その五
俺とクレアが待つ正門前にジュリアが到着した。
「あ……ジュリ……ア……」
俺は彼女の出で立ちを見て驚く。
なんとジュリアは白衣を身に纏っていたのだ。
パリッと糊の効いた白衣。その姿は医者や科学者を彷彿とさせる。
その下には白いシャツ。胸はいつも通り強調されていて、ボタンは上から三つも開いていた。黒い肌着のようなものが薄ら見えているのだが、あれは見てもいいものなのだろうか。
水着……ではないだろうな。
下はパンツスタイルだ。
黒いズボンのような服で足首の部分に赤い紐で軽く縛っている。とても動きやすそうだ。
髪型はいつもド派手な色合いだが、今回は後ろで束ねてお団子になっている。
水色とピンクがマーブルになっていて派手具合はいつもと同じだ。
一方で俺とクレアは今、制服を着ている。
任務を行う際、制服を着ることは義務付けられているからだ。
まぁ、俺は面倒臭いので基本ジャージで行っていた。
そしてそれについて今の今まで問題になったことはない。
しかし、今回は単独での任務ではない。
クレア、ジュリア、さらに引率で外部の人間と一緒に熟さねばならない。
そのため今日は面倒だが、俺は制服を着てきていた。
そうした理由から俺はてっきりジュリアも制服を着てくるものだと思い込んでいたのだ。が、彼女は制服ではなく、白衣を着てきた。
その姿はどうしても私服には見えない。いや、まぁいつもより少し抑え目な派手さ加減ではあるのだが。
加えて、どこかその白衣が似合っているようにも見えてしまう。
よく見れば白衣の胸元には俺たちが着る制服と同じ東洋の龍の衣装が描かれていた。
「おはよう、アイガ君。あとついでにクレアもぉ」
気怠そうにジュリアは微笑むジュリア。
クレアは小さい声で「おはよう」と返していた。
「ん? どうしたのぉ? アイガ君」
俺が目を丸くしているせいか、ジュリアが不思議そうな顔になる。
この時になってやっと俺は呆けた状態から脱した。
「いや、白衣って珍しいなって思って……」
「あ! アイガ君、知らなかったんだぁ」
ジュリアはくるりとその場で一回転する。
優雅に白衣が揺蕩った。
「似合うぅ?」
「え? あぁ、よく似合うと……思うけど……」
ジュリアは妖艶に笑う。
「実はぁ、私ぃ、医療魔術師専攻なんだよね」
「え? 医療魔術師?」
医療……魔術師?
なんと、ジュリアは医療魔術師を目指していたのか。
いつものジュリアからは想像できない。あまりそうした医療というイメージが湧かないのだ。
白衣の天使というより……小悪魔のようなイメージのほうが強い。
いや……待てよ……
そういえば……
「そ、医療魔術師だよ。だから、今日は医療魔術師見習いとして帯同するの」
笑うジュリア。
そしてその笑顔を見た瞬間、俺の頭の中で何かがカチッと音を立てる。
「あ! もしかして、ウィー・ステラ島でジュリアが別行動してたのって……」
「そうだよ、私、医療魔術師のリチャード先生に勉強を教わっていたの。皆とは別カリキュラムだから」
あの島でジュリアが見かけないことが多かった理由が漸くわかった。
彼女は別の講習を受けていたのか。
リチャード先生は養護教諭。そしてディアレス学園の養護教諭は高名な医療魔術師ばかりだったはず。
そのリチャード先生から直にジュリアは学んでいたのだ。
「あ、それで髪型も違うのか」
俺はジュリアの髪型を指さす。
するとジュリアの顔がさらに眩しいくらいに笑顔になった。
「そうなんだ! 嬉しいな! 髪型変わったの気づいてくれるなんてぇ」
ジュリアはそう言って抱き着いてくる。
豊満な胸が右腕を包んだ。
ハ!
「アイガ……」
後ろから強烈な怒気が、俺を突き刺す。
俺は右腕をそっとジュリアから放した。
「私も髪型いつもと違うけど……」
全く抑揚のない声が俺の耳を震わせる。
慌ててクレアの髪型を確認するが……
わからない。
いつもと違うと言われれば違うような気もするが……
ジュリアほどの変化ではないため、わからないのだ。
だが、決してわからないなどと言ってはいけないだろう。言ったら最期だ。
「いや……今日の髪型もよく似合っていると思うよ……クレア……」
クレアは何も言わず冷たい視線で俺を見つめる。
その目に宿るのは深淵の闇のような黒さだ。
背中に汗がびっしょりと流れる。
次いで悪寒が奔った。
「え……と……ジュリアは医療魔術師になりたいんだね」
俺は殺伐とするこの場を誤魔化すためにジュリアに話題を振る。
俺の問いかけにジュリアは一瞬キョトンとして、真面目な顔になった。
「う~ん……一応目指しているけど、本当の目標はロイヤル・クロスかな。だからディアレス学園に来たんだ」
ロイヤル・クロス?
なんだ、それは?
初耳だ。
「はぁ……ロイヤル・クロスってのは王都護衛部隊の十番小隊の通称よ」
惑っている俺にクレアが教えてくれた。
怒りの感情は少しだけ霧散したようだ。
功が奏する。
「王都護衛部隊の部隊番号は全部ローマ数字で表記するの。だから十番はXになるわ。それでロイヤル・クロス。日本人の私たちは十の漢字で『クロス』を想起するけどこっちの世界には漢字なんてないからね。間違いやすいけど気を付けて……って言っても別に間違えても問題ないんだけど」
クレアが地面にXを書きながら教えてくれた。
成程、それで
ローマ数字は十二までならわかる。
俺が前の世界で育った施設の時計がローマ数字だったからだ。
一がI。五がV。十がXというのはすぐに思い出せる。
「ロイヤル・クロスは十年以上前に発案されて五年前にできたばかりの新しい部隊なの。それまでは、王都護衛部隊って九番小隊までしかなかったんだけどね。医療従事者が部隊の支援をすれば、隊員の生存率が上がるってことが提唱されて、それで発足したの」
ジュリアが補足で説明してくれた。
ということは、ロイヤル・クロスというのはまだ出来て日の浅い部隊なのか。
それなら師匠が俺に教えてくれていないのも納得できる。
師匠は六年前に部隊を除隊しているから知らなかったのか。いや知っていたかもしれないがその細部までは知らなかったのだろう。
俺に教えられるだけの知識がなかったのかもしれない。
それか……単純に興味がなかったのか。
「ただ、医療魔術師を目指すだけなら他の専門学校に行くべきなんだけど、ロイヤル・クロスを目指すなら前線に出ても生き残れるだけの力は必要なの。だから、私はディアレス学園に来たんだ。こう見えても私、結構強いんだよ」
ジュリアが白衣を着たまま力瘤を作るポーズをする。
全く強そうには見えない。寧ろ可愛く見える。
ただ、ジュリアの言うことは尤もだ。
王都護衛部隊は常に命の危険と隣り合わせ。
まほろばのような凶悪なテロリストや人間を喰らう凶暴な魔獣と対峙しなくてはならない。
そこに医療従事者がいれば、確かに生存率はグッと上がるだろう。
だが、その医療重視者が庇護の対象というなら話は別だ。足手まといになってしまう。
そうなると本末転倒だ。危険な要素を増やすだけなのだから。
最低限、自分の命は守れなくてはならない。
これはかなり難しい。
単純に強いだけではいけない。
そしてその難関に挑むためジュリアはこの学園に来たのか。
少し彼女を見る目が変わった。
「因みにだけど、今のロイヤル・クロスの隊長はジュリアのお母さんだよ」
クレアがそう言うとジュリアが少し照れたような顔をした。
「凄いな、ジュリア」
「まぁ、元々うちの一族は、医療系の魔術師や魔導士を多く輩出してるから」
ジュリアは誇らしげな表情でニッコリと笑う。
その笑顔は今まで見たジュリアの表情の中で一番可愛かった。
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