第186話 不死鳥花-その一

 心の中に溢れるこの感情はいったいなんという名前だろうか。確かなのはモヤモヤとした不快感だけだ。その感情が濁流の如く氾濫している。

 それを落ち着かせながらクレアと共に学長室に向かった。

 元々、そこへ向かっていたのだが……


 道中疲れるだけのイベントが発生したため遅れてしまった。

 疲弊は抜けきらず、寧ろ増加してこの身に降り注いだ。

 だが、まぁ……忘れることにしよう。

 考えるだけ無駄だ。

 

 クレアは不機嫌さが増している。触れれば一瞬で爆発しそうだ。


 学長室に着き、威厳を見せびらかすような木製のドアをノックする。

 部屋の中から「どうぞ」とシャロンの声が聞こえた。

 俺は扉を開けクレアと一緒に中に入る。


「ん?」

「あ! アイガく~ん!」


 部屋の中にジュリアがいた。

 黒い革張りの椅子に足を組んで艶やかに座っている。

 こちらに向かって手を振りながら自分の横の椅子をトントンと叩いた。

 ここに座ってという意思表示だろう。


「げ! ジュリア!?」

 

 後ろでクレアの声が響く。戸惑いと苛立ちの色が混じっているように思えたのは俺の思い違いだろうか。


「遅かったですね」


 まさかの事態に困惑する俺とクレアに向けてシャロンが呟く。

 豪奢な椅子に座り、こちらを見るシャロンは嘘くさい笑顔の仮面を被っているが、その瞳は微かに怒りが滲んでいた。

 俺とクレアの遅刻したことに対する怒りか、それとも神聖な学長室で騒ぐなという怒りか、はたまた両方か。


 俺としてはどれでも構わないの。

 シャロンの怒りなど心底どうでもいい。


「シャロン先生……遅れたことは本当に申し訳ありません」


 クレアは慌てて頭を下げる。

 先ほどまであった感情のうねりは消えているようだ。


「時間の指定はなかったはずだが」


 俺はそう言ってクレアとは対照的に太々ふてぶてしく無礼な態度で、堂々と部屋の中央にある革張りの椅子に腰かけた。

 ジュリアが指定した場所だ。

 別に他意はないが無碍にするのは心が引けたのでそこに座った次第である。


「では、これからは時間の指定もしておきましょうか」


 シャロンは怒りの感情を消して、機械的にそう言い放つ。


 クレアは再度謝った。

 そんなクレアにシャロンは朗らかな笑顔を向ける。俺への当てつけかのように。

 そしてクレアにも座るよう促す。

 

 困惑しながらクレアは俺の横に座った。

 

 現在学長室の真ん中にある椅子は一人掛けが二つ。その横に三人掛け用の椅子が置かれていてL字型になっていた。

 眼前には重々しい木製の黒い机がある。


 前回ここに来た時とは机が変わっていた。椅子の位置も。

 シャロンの趣味なのか、それとも偶々レイアウトが変わっただけなのか。

 俺にはわからない。が、少し気になった。


「さて、全員揃いましたね」


 シャロンの言葉に俺の小さな疑問は掻き消える。

 その上で新たな疑問が湧いた。

 これで全員?

 どういうことだ?

 それに……何故ジュリアがいる?


「それってどういうことですか?」


 クレアも同じ疑問を思っていたようだ。質問をシャロンにぶつける。


「今回は今いる三人でクエストに挑んでもらう、ということです。あぁ、貴方たちを待っている間にジュリアさんにはクエストの件は説明していますが」


 三人?

 俺、クレア、ジュリアの三人で任務だと?


「三人でやるのか?」

「はい。実は今月は前期中間テストの準備で大忙しなんですよ。それに加えてまほろばの事件まであって正直任務の精査にも覚束ない状態です。ですので一人一人に任務を出すのが困難なのですよ。そうした状況なのでいっそのことまとめて一つの任務を熟してもらう、ということになりました」


 成程。確かに今この学園は忙しない。

 中間テストの所為で生徒も教師も謀殺されているからだ。

 さらにまほろばの襲撃の件でそれこそ全員手が足りない。

 それは俺ですら見ていてわかることなのだから当の教師たちは本当に猫の手も借りたいくらいだろう。


「実は一つ、火急でやってもらいたい任務がありまして、どうしようかと思っていたのですが丁度いい機会です。三人で協力して依頼を達成してください」


 シャロンは笑顔で指をパチンと鳴らした。

 俺たちが座る椅子の前にある机の上にふわりと羽毛の如く一枚の紙が飛来する。

 そこには『依頼書』と書かれていた。


「複数人で一つの任務を受注することは珍しいことではありません。寧ろそれが主流ですよ」


 シャロンの言葉を聞きながら依頼書に目を通す。

 依頼書には『採取』の判子が押されていた。対象の欄には『不死鳥花ふしちょうか』と見慣れない言葉が書かれている。


「不死鳥……花?」

「不死鳥花は百年に一度咲く希少な花です。大変多くの魔力を蓄えた薬草なのですが採取が困難で有名な花です」

「困難?」


 シャロンはまた指を鳴らした。

 次の瞬間、シャロンの後ろにある白い壁に突如、山が映し出される。

 まるでプロジェクターで映像を映しているような光景だった。


 しかしこの部屋には勿論プロジェクターなどない。

 これもまたシャロンの魔法なのだろう。


「不死鳥花は火山の火口に咲くという特徴を持った花です。それが採取困難の難易度が高い理由の一つ目です」

「火山に咲くのか? ん? 理由の一つ目?」

「はい」


 シャロンは指を横に振った。

 後ろの映像が切り替わる。


「二つ目の理由は咲く時期。先ほども言いましたが百年に一回しか咲きません。それに合わせて採取しなくてはならないので面倒なのです」


 映像は火山の火口に咲く花が映されていた

 背後には紅蓮に燃え滾るマグマが海洋の如く畝っている。


 件の不死鳥花は、綺麗な花だった。

 煌々と煮え滾るマグマにも負けない真っ赤な花はまさにその名前を表すかのように、不死鳥の羽搏きを彷彿とさせる。

 花弁が外に向かって翼のように開いているのだ。

 その中央にからは鳥の頭と鶏冠にも見える一つの長い器官が伸びていた。


「それが不死鳥花か?」

「はい。まぁ資料映像ですけどね」


 シャロンはまた指を動かす。

 今度は先ほど映っていた山の映像がまた映し出された。


「不死鳥花はガイザード王国では東部にあるヴォルタン火山か、北部にあるピオニア火山だけでしか咲きません。その内、ヴォルタン火山で不死鳥花が咲く前兆が観測されました。ですので不死鳥花の採取の依頼が舞い込んで来たのです」


 映っていた山はヴォルタン火山らしい。

 万緑に覆われた山とは違い、茶褐色の岩肌が見えていた。

 活火山らしく、そこには自然の繁栄は微塵も感じられない。


「さて、実はここで一番の問題が発生します」

「一番の問題?」


 シャロンはわざとらしく間を置く。

 

「ヴォタン火山にはとある魔獣が生息しています」


 そして勿体ぶってから指を鳴らした。

 後ろの映像が切り替わる。

 その映像に俺は釘付けになった。


「特殊型上級魔獣……ランチャー・ベアです」

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