第106話 封魔偽闘-その二

「お前は全部使っていいぞ。俺は魔法を一切使わん。強化魔法も回復魔法も使わん」


 パーシヴァル教諭は筋肉を漲らせながらそう言った。


 全部。そこに恐らく獣王武人は入っていない。

 俺もここで使うつもりはない。


 一方でパーシヴァル教諭はかなりのハンデだ。

 封魔戯闘の中でも強化魔法、回復魔法は基本ありきで行う。

 怪我を防ぐためだ。


 それすらもない。

 俺を過小評価しているのか、己を過大評価しているのか。それとも両方か。

 いくら教員と生徒、実力差があるとはいえ、そのハンデを付けて封魔戯闘を行うのは俺への挑発行為に等しい。


 俺の中で闘争の炎が燃える。


「いい貌だ」


 パーシヴァル教諭から闘気が迸る。


「丹田開放。丹田覚醒!」

 俺はタンクトップを脱ぎながら祝詞を唱えた。

 背に文字が青く輝く。そして氣が手足に満ちていく。


 さぁ、戦闘準備完了だ。

 当初は教員と決闘などあり得るのか、という混乱があった。


 だが、沸き起こる戦闘欲求がその惑いをかき消す。

 俺の中には多少、戦闘狂の一面があった。

 それを減退魔法によって利用されたのだが。

 今もその一面が俺を駆り立てていた。


 クレアが見ている。

 その中で無様な姿は見せられない。

 それもまた俺の戦闘欲を加速させる一因だった。


 ストレッチをしながら周囲を走るクラスメート達を眺める。

 全員、何事かと走りながらこちらを見ていた。


 まぁ無理もない。

 俺はこの修練場にてまともに体術訓練したことなどないからな。


 変な行動ばかり取っている。

 ゴードンと決闘をしたり、トライデント・ボアやシャドー・エイプを屠ったり、モーガンを捕縛したり。

 凡そ、普通の学徒がやることではない。


 そして今度は教諭であり、元王都護衛部隊八番小隊副隊長と模擬とはいえ戦うことになるとは。


 こんな状況になったら普通の人間は怯えるのだろうか?


 俺は……

 喜んでいた。


 筋肉が震える。

 心が躍る。

 氣が満ちる。


 俺は振り返り構えた。

 パーシヴァル教諭も笑っていた。


「ルールは三ダウン・一リングアウトでいいか?」

「えぇ」


 封魔戯闘の中でも最もポピュラーでオーソドックスなルールだ。

 相撲とボクシングの混合のようなルールで早い話、三回ダウンしたら負け、一度でもリング外に出たら負けというもの。

 シンプルなルール。


「一応、手加減はしてやるぞ」

「それはどうも!」


 先手必勝。

 俺は開始の合図を待たず突っ込んだ。


 元々そんなものはない。お互いに「始まった」と思った瞬間が始まりなのだ。

 相撲の立ち合いと同じ。

 出遅れた方が悪い。


「しゃあ!」


 気合一線。

 そんなに宵月流殺法術が見たいなら見せてあげますよ。


 そんな思いで俺は間合いに入った瞬間、右足で勢いよくパーシヴァル教諭のローを狙った。


「宵月流殺法術! 月齢環歩! 『三日月』!」


 鋭い下段廻し蹴りが弧を描く。

 パーシヴァル教諭は軽くバックステップで躱した。


 俺は右足の勢いそのまま地面に下ろす。

 衝撃が足に伝わった。

 その衝撃を活かすように身体を捻転させる。

 勢いは加速に変わり、俺の左足に集まった。


 二撃目。


「月齢環歩! 『二日月』!」


 後ろ廻し蹴りだ。

 だが、勢いが違う。

 三日月の威力をそのまま上乗せした珠玉の一撃。

 バックステップで体重が後ろに傾いているパーシヴァル教諭は回避できない筈だ。


 だが俺の左足は空を切った。

 パーシヴァル教諭は右足を軸にして、独楽のように回転することで俺の『二日月』を回避していたのだ。


 なんというバランス感覚。

 体幹が恐ろしく鍛えられているからこそできる技だ。

 あり得ないことではない。

 

 しかし容易ではない。

 この人は俺が思う以上の猛者だった


「甘いぞ! アイガ!」


 パーシヴァル教諭は回転の勢いを利用して前に踏み込んできた。

 距離が縮まる。


 体躯のでかいパーシヴァル教諭の間合いだ。

 微かに見えた動きから、右ストレートのモーションが垣間見えた。


 このままではモロにその拳は俺にヒットする。

 顔面か? 後頭部か? はたまたボディか。なんなら足でもいい。

 一撃で大打撃になる。


 俺は即座に次の手を打つ。

 戸惑いは隙になる。

 隙は致命傷になる。

 致命傷は負けに繋がる。

 俺は右の軸足の力を抜いた。


 瞬間、俺の身体は崩れる。

 それにより微かにパーシヴァル教諭の間合いから出た。

 俺は地面に手をつき、横に転がる。

 蹴りの勢いが残っていたため軸足に少しだけダメージが残った。が、魔人の証明のパワーアップ効果のお陰か動けないほどのダメージではない。


 俺は即座に立ち上がる。

 パーシヴァル教諭はもう眼前にいた。


 お互いの間合いに入る。

 やはり体躯がデカい分、パーシヴァル教諭のほうが有利か。リーチが違う。

 何の躊躇いもない渾身の左ストレートが迫った。

 俺は冷静にそこを狙う。


「宵月流殺法術『忌月』!」


 拳を縦にしたショートアッパー。それをパーシヴァル教諭が撃つ左ストレートの腕に打ち込んだ。

 部位破壊の技だ。

 タイミングを誤れば即敗北。決死の返し技である。


「ぐっ!」


 流石、パーシヴァル教諭か。

 威力の全ては消しきれなかった。


 凄まじい衝撃が俺の左肩に走る。

 俺は地面を転がった。

 受け身を取りつつ起き上がるが、左肩には尋常ではない痛みがある。


 折れてはいないだろう。が、激痛が響いていた。

 左手の先は痺れている。

 なんという威力だ。


 だが、土産は置いていった。

 俺の氣は見事にパーシヴァル教諭の左腕に入った。手応えもあった。


 一撃が大打撃。

 それは俺の専売特許だ。


 さぁ、氣よ、走れ。

 パーシヴァル教諭を破壊しろ。

 俺の目が爛々と輝いた。

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