第107話 封魔戯闘ーその三

 宵月流殺法術、『忌月いみつき』。

 中指と人差し指を立てた状態で拳を握る。その特異な形の拳で相手を攻撃する技だ。

 中指のみを立てた中高一本拳とは異なり、人差し指も少し突き出して握るため握力が必要となる。


 元々の使い方は相手の攻撃の軌道を逸らし、次の技に以降する繋ぎの技。若しくは、奇襲用の技だ。


 そこに氣を混ぜることでこの技は部位破壊の技に昇華した。

 血反吐を吐く修練の中で手に入れた動体視力と命がけのタイミングを重ねることでこの『忌月』は成功する。


 俺はパーシヴァル教諭の左ストレートに合わせて、その手首目掛け『忌月』を撃った。

 予定ではパーシヴァル教諭の攻撃の軌道は上がり、俺はカウンターを撃つはずだった。が、そうは上手くいかなかった。

 攻撃の軌道が逸れ、威力も下がったがそれでも俺は地を転がるほどのダメージを受けてしまう。


 今も左手は痺れていた。

 だが、『忌月』は決まった。


 今、パーシヴァル教諭の左手に氣が入っている。

 その氣が左腕から体内に蠢動するはずだ。


 氣よ奔れ!

 敵を蝕め!

 パーシヴァル教諭……黒い血を吐いて倒れるがいい。


 そう思っていた。


「ほう……これが氣か……」


 パーシヴァル教諭は左腕に思いきり力を込める。

 筋肉は鋼のように硬くなり、血管が龍のように浮き上がった。


 そして、その左腕の外側が小さく爆ぜる。

 肉が裂け、血が吹いた。


「な!」


 しまった。


 


 氣外し。

 氣術使いにとって最悪の防御術。


 それが氣外し。


 氣は魔素に反応する。

 魔素とは魔法の源。

 魔法を行使する際に使用されるエネルギーのようなものだ。


 この世界には空気中にも人にも、獣にも、植物にも、ありとあらゆるものに存在する物質である。


 その魔素を食らって氣は爆発する。

 魔術師には体内に魔脈というものが存在し、そこに多くの魔素が流れている。


 氣はその魔脈を通って体内を駆け巡る。

 魔脈にある魔素を餌にしながら大きくなりやがて爆ぜるのだ。


 だが、魔術師は己が体内の魔素を操れる。それが魔法の行使の初期動作みたいなものだからだ。

 魔法が使えない者からすれば、筋肉を鍛えて胸筋を動かすことに等しい。


 それ自体は大したことではないが常人にはできない。

 鍛えた者だからこそできる動作である。


 それと同じで熟練の魔術師は魔素をある程度操作できた。

 それによって魔脈を通る氣を体外に排出する技が『氣外し』だ。

 氣はより大きい魔素のほうへ流れる。それを利用して体内に入る前に無理矢理、外部へ魔素を流すことで氣によるダメージを最小限に抑えられるのだ。


 魔獣如きではできない。


 しかし魔術師はできる氣の逃げ方。

 一撃必殺の氣を受けた時の唯一の回避方法である。


「まさか……氣外しが使えるとは」


 つい口から零れた。

 あるかどうかもわからない氣の対処法。


 恐らく、パーシヴァル教諭はそれを知っていたわけじゃない。

 氣外しの方法は師匠やシャロンなど、氣を研究していた人間しか知らない筈だ。もしかしたらシャロンが教えていたかもしれないが。


 だからといって即座に使えるとは思えない。

 歴戦の猛者だからか。

 その戦闘経験から正解を導き出したのか?


 戦慄が走った。

 同時に笑いが込み上げる。


 まだ俺の知らない世界があったからだ。

 遥か高く聳えるその頂。

 武を志す者にとってそれは身震いするほど恐ろしい。が、同時に喜びもある。その頂に挑めるのだから。


「ふむ。しまったな……」


 不意にパーシヴァル教諭から戦意が消えた。


「あ?」


 俺は当惑しながら構える。


「今、魔法を使ってしまった。俺の反則負けだな」


 パーシヴァル教諭は左腕の血を払いながら背を向けた。

 地面に黒い血が散る。


 魔素の操作が魔法の行使に当たるか。

 それは人の解釈によって変わる。


 パーシヴァル教諭は『魔素の操作イコール魔法の行使』だと判断したらしい。


 そして自ら敗北を宣言した。


 は?


「ふざけるな!」


 まだ終わりじゃない。

 こんな終わり方があるか!

 気が付いた時、俺はパーシヴァル教諭に向かって走っていた。


「まだだ! 続行だ!」


 解釈など人によって変わる。

 これは第三者が審判する闘いじゃない。

 今、問答をする気もない。

 俺が良いと判断したんだ。

 続行以外ありえない。

 こんな消化不良みたいな終わり方、認めて堪るか!


 俺は両手に氣を集約させる。

 パーシヴァル教諭はニヤリと笑いながら振り返った。


「その意気や良し! よくぞ! 言った!」


 パーシヴァル教諭の右腕が大振りながら、綺麗なフォームで迫りくる。


「宵月流! 『忌月』!」


 二回目の『忌月』。

 右手で撃った忌月はパーシヴァル教諭の右腕に決まった。が、その右ストレートは速度も威力も全く衰えない。


「な!」


 完全に予想外だった。

『忌月』を決めた後、次に繰り出す技も脳内では組み上げていた。

 その予定の全てが消え失せる。


 パーシヴァル教諭の右ストレートは俺の顔面にクリーンヒットした。

 衝撃で目の前に花火が散る。

 口内に血の味が広がった。

 俺は地面を転がる。


 辛うじてリングアウトだけは避けようと、足でブレーキを掛けた。ギリギリで間に合う。

 受け身を取りつつ即座に立ち上がろうとした。


 だが、立ち上がれない。

 脳が揺れる。

 脳震盪だ。

 思考もままならない。


 それでも俺は跪きながらファイティングポーズをとる。

 ボロボロの視界でパーシヴァル教諭を望んだ。

 パーシヴァル教諭は右手から黒い血を撒きながら迫ってくる。


 まさか、また外されていた。

 しかも、動きながら氣外しを行っている。


 実力差がこうもあるとは。

 敗北が目の前に現れた。

 諦念が過る。


「アイガぁ!!」


 そんな時、クレアの声が聞こえた。

 瞬時に消えかけの闘争心に再び火が燈る。


「しゃああ!」


 脳震盪で足が震える。

 それでも俺は立ち上がった。


 俺は……

 クレアの目の前で……

 負けたくないんだ!!

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