第105話 封魔戯闘ーその一

 その男は周囲とは違う空気を醸し出していた。


 異質。

 その一言に尽きる。


 上半身は裸に羽織。下半身は道着のようなものを着ていた。足は草履である。

 懐かしいと微かに思える服装だ。

 それらは俺の世界にあったものに近い。

 だが、それらは元々いた世界でもあまり着ている人を見かけないものでもあった。

 ただ、良く似合う。


 見える筋肉は、圧倒的な純度で鍛えられていた。

 その身体に奔る疵ですらその筋肉を輝かせる意匠に見えた。

 歩くたびに地が震える、そんな錯覚を覚えた。

 彫の深い顔で片目は塞がれている。そこには瞼を両断する刀疵のようなものがあった。

 残った眼は宛ら野獣のように光っていた。


 その男は鋭い視線で俺達を見渡す。


 パーシヴァル・ドライヴァー。


 この学校の体術専門教師だ。俺の世界でいうなれば体育教師か。

 シャロンより聞き及んでいるダン・オブライエンを逮捕した猛者だ。


 実際に会うのは初めてだが、百聞は一見にしかず。

 伝聞と見るとではやはり違う。


 筋肉だけでない。

 その動き、全てに隙が無い。


 まさに武術家。

 そんなパーシヴァル教諭の登場で修練場の空気が変わっていた。

 パーシヴァル教諭が俺達の前に辿り着くと同時にどこからともなく授業開始のチャイムが鳴り響く。


「あ~、この前は悪かったな。休んでしまって」


 パーシヴァル教諭は静かに言葉を放った。

 その言葉は大気を震わせる。

 その震えは一気に俺達クラスメートに伝わった。


 畏怖という形で。

 全員の貌に緊張が走る。


 パーシヴァル教諭とは本来、前回の授業で出会うはずだった。が、体調不良で教諭は休まれた。

 そう、トライデント・ボアが侵入したあの時だ。

 もうその日のことが懐かしいと思ってしまう自分がいた。


「本来ならデータを取ってもらう手筈だったが……それも有耶無耶になっちまったな。まぁいい。とりあえず、お前ら、俺が良いというまで修練場の周りを走れ」


 パーシヴァル教諭は面倒臭そうにそう言った。

 クラスメートの誰かが「え」と呟く。


「聞こえなかったのか? さっさと走れ!」


 パーシヴァル教諭の怒声にクラスメート達は驚き、一斉に走り始めた。

 ゴードンもロビンも慌てて駆け出す。

 文句をいう者もいたが、パーシヴァル教諭の迫力の前にその声は限りなく小さかった。


 クレアやサリー、ジュリアも走っている。

 俺も後に続こうとした。


 その時。


「おい! アイガ!」


 パーシヴァル教諭に呼び止められた。

 俺のことを知っているようだ。


「はい?」

「お前はいい。どうせ体力だけならここにいる奴ら合わせても勝てんだろうからな」


 パーシヴァル教諭は地面に手を翳す。

 その瞬間、地面が隆起した。あっという間にボクシングのリングを少し低くしたような舞台ができる。


 否、舞台というよりは四角い土俵か。


「上がれ」


 パーシヴァル教諭はそう言って羽織を脱ぐ。


 ダイヤモンドを彷彿とさせる美しいカット。

 見事に鍛えられたその筋肉は芸術だ。

 俺は久々に己以外の筋肉に憧憬を抱いた。

 あの筋肉、師匠よりも上かもしれない。


『上がれ』そう言われた。何となく意味が理解できる。が、納得がいかない。

 即ち、『闘え』ということか。


 教師と生徒が?

 それはいくら何でもおかしいのではないだろうか。


「お前のことは学長より聞いている」


 その言葉に惑う俺は心でスイッチを入れた。

 シャロンより聞いている。


 どこまで?

 パーシヴァル教諭はどこまで把握しているのか?

 敵か味方か?


 俺の脳が警報を打ち鳴らす。


「モーガンを捕縛したのもお前だそうだな」

「えぇ」


 俺は土俵に上がりながら答えた。

 もう、俺の選択肢の中に『闘う』以外のワードはない。。


「その筋肉を見れば、お前がどういう鍛え方をしたかがわかる。その年齢でそこまで鍛えるとは見事だ。しかし気になる。お前の三つの力が」


 三つ。

 一つ足りない。

 それとも敢えて隠しているのか。

 俺はパーシヴァルの言葉に神経を集中させた。既に闘いは始まっている。


「魔人の証明、氣術。どちらも御伽噺にでてくるような力だ。氣術に至って伝説級だが。それに宵月流にも興味がある」


 やはり足りないのは獣王武人か。

 知っていて敢えて知らないふりをしているのか?


 俺は冷静に見極める。


「見せろ、ということですか。その三つを」

「あぁ。特に宵月流は是非とも見てみたい」

「宵月流を?」

「ゲンブさんには昔世話になったからな」


 ゲンブとは師匠の名前だ。

『師匠に世話になった』


 もしや……


「パーシヴァル教諭は王都護衛部隊ロイヤルクルセイダーズだったんですか?」

「ん? 知らなかったのか? 俺は元王都護衛部隊八番小隊副隊長だ」


 成程。

 ならば合点がいく。


 師匠は元王都護衛部隊五番小隊隊長だった人だ。

 その中で隊は違えど交流があったことは推察できた。


 特にこの二人は筋肉という共通点がある。


「師匠から宵月流を習ったんですか?」

「いや、教えてほしいと頼んだがゲンブさんから拒否されてしまった。だから余計に興味があるのさ」


 そういうことか。

 ある程度、この人のことがわかった。


 恐らく、獣王武人のことは知らない。

 彼は敵ではない。


 早計は危険だ。


 しかし、俺はそう判断した。

 パーシヴァル教諭の目が、幼子が新しい玩具を与えられたときの好奇心に満ちた目をしていたからだ。

 本当に俺の宵月流に興味があるだけなのだろう。


「で、俺にそれを見せろ。ということですか?」

「あぁ。封魔戯闘をお前に申し込む」


 封魔戯闘ふうまぎとう

 これは俺でも知っている用語だ。

 魔法を封じ、闘いに戯れる。故に封魔戯闘。


 魔法を一切使わず、己の肉体のみで決闘を行うという意味合いの用語だ。

 元々は貴族が遊びでやり始め、いつの日か決闘として用いることになったらしい。


 よく師匠とやらされた。

 無論、魔法が使えない俺からすればただの野良試合と変わらないのだが、こちらの世界では暫し正式な決闘方法として使われている、と師匠から聞かされていた。


 それを今、申し込まれるとは。

 余程、パーシヴァル教諭は宵月流を見たいらしい。

 というか、生徒に決闘を申し込むとは。

 この世界の常識にまた俺は驚かされる。

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