第100話 もう一つの決着 その六

 パーシヴァルは一瞬で移動した。


 そこはワープ魔法陣がある教室だった。

 ワープ魔法陣は決められた場所同士しか繋がっていない。自由にどこでもいけるわけではない。


 ただ、決められた場所を複数指定することはできる。

 そして指定した場所に錠を掛けることができるのだ。


 パーシヴァルが唱えたのは錠を開ける鍵となる祝詞である。

 祝詞を唱え魔力を使用することで普段は入れない場所への移動、もしくは入れない場所からこの教室への移動が可能となるのだ。まさに鍵。


 この祝詞は学園内でも少数の人間しか知らされていない。

 黒罰回廊もその一つである。

 また秘匿性のために黒罰回廊の廊下の途中に魔法陣が隠されているのだ。普段は見えないように工夫もされていた。


 センビーはどこからか、祝詞の言葉を知り、ここへと侵入したのである。

 罠とも知らずに。

 わざと流された情報に踊らせて。


 パーシヴァルは重荷二つを担いだ状態で教室を出る。

 そこにはスーツを着た黒人の男が立っていた。

 スーツの上からでもわかる筋骨隆々の身体をしている。

 スキンヘッドでサングラスを掛けていた。


「ご苦労、パーシヴァル」


 男は廊下の壁に腕を組みながら凭れていた。


「ロドリゲスか。シャロン学長は?」


 パーシヴァルは男を一瞥する。


「修練場だ。もう一つの方が決着したからな。そちらへ行かれたよ。俺はお前の戦況報告を聞くためわざわざ来ただけだ」


 黒人の男、ロドリゲスは壁に凭れたまま答えた。言葉に皮肉が籠っている。

 ただ、パーシヴァルは気にしていないようだ。


「わかった。俺は学長室に向かう。学長に火急でお知らせしたいことばかりだからな」


 パーシヴァルはロドリゲスに背を向ける。

 ロドリゲスは壁から離れ、彼が持つ荷物を見た。


「それがダンか? そっちはなんだ?」


 パーシヴァルは無言でロドリゲスにダンだった者、センビーを放り投げる。

 センビーは人間だ。痩身とはいえ、おいそれと投げられる重量ではない。

 それを容易く投げるパーシヴァル。


「おっと」


 ロドリゲスはそれを片手で受け取った。

 まるで投げられた花束を優しく受け取るように。


 これまたロドリゲスの筋肉だからこそできることであろう。


「そいつのことはお前に任せる」

「おいおい、質問に答えてくれよ。混乱するじゃないか」


 ロドリゲスはセンビーを肩に担ぎながら悪態をつく。口調はやや軽くなっていた。

 パーシヴァルは嘆息する。


「こいつは……説明が面倒だな」


 正直な気持ちの吐露だった。

 パーシヴァルはもう一度軽く息を吐いてから今し方投げたセンビーを指さす。


「あぁ、それと……そいつはダンじゃない」

「なに!? どういうことだ?」


 戸惑いながらロドリゲスは受け取ったセンビーの顔を見た。

 白目を向いた血塗れの顔を確認してロドリゲスは驚嘆する。

 確かにその顔はダン・オブライエンのものではなかったからだ。


 パーシヴァルはそこで先ほどまでの戦いを掻い摘んでロドリゲスに説明した。

 ロドリゲスは時折唸りながらその話を聞いている。


「うむ……なんと……そんなことが……」

「そういうことだ。あぁ、そういえばそっちはどうだった? お前がここにいるってことは……」


 ロドリゲスは指を鳴らす。その顔は少し笑みが戻っていた。


「無論、報告のためだ。わかったぜ。学校外のスパイ。まぁ、スパイっていうほどのもんじゃなかったがな」


 パーシヴァルは首を傾げた。


「どういうことだ?」

「ワープ・ステーションの清掃員。そいつがスパイだった。ただ金で雇われただけだがな。ディアレス学園の生徒がワープ魔法陣を使用するたびに報告してくれ、そういう契約だったようだ。一度の報告でそこそこの金を受け取っていたようで、本人は嬉々として情報を流していたようだな。こんな事態になっているとは露ほども気付かずに」


 ロドリゲスの口調は軽い。

 しかし、その言葉にはどこか怒りが滲んでいた。

 そのためか二人の周囲の空気に緊張が走り始める。


「なるほど。ワープ魔法陣の部屋を見ればどこに行くかはわかる。場所がわかれば先回りは然程難しいことじゃないからな」

「そうだ。全く……盲点だったよ。ステーションの職員ばかり洗っていたからな。この辺りはこちらにも反省すべきことがある」


 ロドリゲスの顔から笑みが消えた。

 緊張が加速する。


「それで? その清掃員はまほろばのことを知っていたのか?」

「だめだ。金を貰っていただけで相手のことは何も知らなかったらしい。情報を渡すときもアナログな手紙でのやりとりに終始しているようだったからな。多少の罪悪感はあったらしいが、まさか自分がテロの手先になっていたとは微塵も思っていなかったらしい。愚物。救い難い。全く、最悪だよ」


 パーシヴァルから怒りが零れる。ロドリゲスの怒りに呼応するかのように。

 緊張がさらに加速した。


 まるで戦場のようだ。

 窓ガラスが微かに震える。


「まぁここからはうちの領分だ。しっかり働いてマイナスを取り戻すよ」


 ロドリゲスはサングラスの位置を直す。その顔にはまた笑みが浮かんでいた。

 二人の間にあった緊張が徐に消失していった。


「頼んだぞ」


 パーシヴァルの言葉には重みがあった。

 ずっしりと、鉛のようにその言葉はロドリゲスに届いた。


「あぁ」


 ロドリゲスの顔は笑ったままだがその返答は深く重いものだった。


 暫く沈黙が流れる。

 不意にロドリゲスはパーシヴァルが担ぐ人形を見た。

 激戦を繰り広げた人形の成れの果て。そこから異常な気配を放っているような気がしてロドリゲスの背に怖気が這った。

 その怖気はロドリゲスの人生の中でも中々味わえない珍しいものだ。


 パーシヴァルはそんなロドリゲスの視線に気付く。

 担いでいた人形を片手で持ち上げた。ガシャっと音を立てて人形が宙吊りになる。


「まほろばは我々が思っている以上に力を取り戻している。そしてその力は我々の知らないものだ。まさに最悪の事態。最早これは、ディアレス学園だけの問題ではない」

「わかっている。だからこそ、私がここにいるんだろう」


 ロドリゲスは背に張った怖気を払う。

 その顔は精悍になっていた。もう笑みもない。


「あぁそうだな。そっちは王都公安調査団ロイヤル・テラーのお前に任せるさ。だがこっちは……ディアレス学園内の……平和は俺が守る。それが俺の領分であり、矜持だからだ」


 パーシヴァルから殺気が放たれた。

 さっきまでの怒りとは違う。純然たる殺意だった。

 ロドリゲスはその殺意を真正面から受け止めた。


「なぁ、パーシヴァル。やっぱり護衛部隊には戻らないのか? 戻るのが嫌なら公安調査団うちに来ないか? お前ならいつでも歓迎するぞ」


 ロドリゲスの言葉にパーシヴァルは仄かに笑う。

 殺意も消えた。


「愚問だな。俺が骨を埋める場所はここだ。ここ以外にない。まぁ、誘いはありがたいと思っているよ。じゃあな」


 パーシヴァルは背を向け、片手を振った。

 その背が見えなくなった時、ロドリゲスは軽く溜息を吐く。


「変わらんな、パーシヴァル」

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