第99話 もう一つの決着 その五
パーシヴァル・ドライヴァーは
契約した幻獣はグレンデル。
猿に近い躯体だが、かなりの巨躯だ。体長は三メートル半を越え、体重は一トン近くある。その身体にあるのは全て筋肉であり、骨や肉そのものが重い。
そして毛むくじゃらだ。赤茶色の毛で覆われ顔も見えない。爪の部分だけが唯一見えている。その爪は鋭利なナイフのように鋭い。
見た目はまさに化け物。
圧倒的怪力と特殊な魔力を有した幻獣である。
契約武器の特徴としては棘の付いた鉄球によるシンプルな破壊攻撃。そして鉄球と鎖の自在脱着。さらに鉄球の自由爆破だ。
パーシヴァルの意思でいつでも鉄球と鎖の脱着が可能。
鎖の先端は鉤爪状になっており、相手を串刺しにして捕獲する。
鎖の長さは術者の魔力次第でいくらでも伸縮が操作でき、捕らえた獲物を己の手元に引き寄せるのが常套の攻撃手段だ。
抗えず、パーシヴァルに引き寄せられる相手は皆、一様にその顔が恐怖で歪む。
鉄球は釘爆弾だ。爆破の際、鉄球の棘、鉄球の鉄部分、そして中に仕込まれた無数の刃が爆炎と共に周囲の敵を
また、鉄球はパーシヴァルの魔力によっていつでも再生できる。
この鉄球の爆破によって今まで多くの敵を葬ってきた。
初見での回避は殆ど不可能。
今回の戦闘においても爆破攻撃は見事に決まった。
勝利を確信しつつも、油断せぬよう、心に残心の二文字を刻んでパーシヴァルは鉄球があった場所へ赴く。
手応えはあった。
鉄球の爆破攻撃によって黒い服の男も白い服の女も完全に爆殺したはずだった。
そう思っているのだが、心にざわつくシコリのようなものが未だに勝利の余韻をパーシヴァルに与えなかった。
パーシヴァルは眼前の戦果を確認する。
そして愕然とした。
そこにあったのは無残な死体ではなかったからだ。
本来なら鉄球の刃と爆炎によってズタボロの死体があるはずだった。
だが、そこにあったのは死体ではない。
ズタボロの……人形だった。
服が剥がれ、燃え、その下が露わになっている。
その中身は人形だった。
球体関節の、人と同じ大きさの、人形だったのだ。
パーシヴァルは顔の部分を探した。
爆散した人形の顔はすぐに見つかる。
マスクはよほど頑丈なのか、まだ形を保っていた。
そのマスクをパーシヴァルは剥がす。
そこにあったのはやはり人形の顔だ。
眼も鼻も口も完全に造り物。眼球も人形のそれだった。
もう動かない完全な人形。
パーシヴァルは無言のまま、その人形の残骸を見つめる。
後ろでグレンデルが不思議そうな顔でその光景を眺めていた。
彼の足元には物言わぬセンビーという戦利品だけがある。
パーシヴァルは近くにあった人形の頭を勢いよく踏みつけた。激しい音と共にその頭は砕け散る。
中から飛び出した見慣れない破片の群れ。
パーシヴァルはその一つを取り上げた。
見たこともない形をした不思議な破片だ。
歯車のような形だが、複数の歯車が組み合わさって球体に近い形状をしている。
それが大小バラバラでいくつもあったのだ。
パーシヴァルはその破片を捨てる。
周囲を改めて観察する。
人形が持っていたラッパ型の武器は粉々に砕け散っていた。辛うじて試験管のような部品だけがその名残を残している。
パーシヴァルは軽く息を吐くと、残った人形の残骸を肩に担いだ。さらに気絶しているセンビーを腰に抱える。
「もういいぞ、グレンデル」
そう言うと、グレンデルは小さく吠えながら霧散した。契約武器の鉄球も消える。
パーシヴァルは二つの重荷を抱えたまま、部屋から出た。
同時に部屋の中を照らしていた炎が消える。それはパーシヴァルが発動した魔法も元からあった灯も、どちらも同時に消えたのだ。
廊下に出たパーシヴァルはやや速足で黒罰回廊の廊下を突き進む。
気絶した人間一人、動かない人形一体を担ぎながらそれでいて全く重みを感じさせず、闘ったことすらまるで日常のことのように、パーシヴァルは歩を進めた。
暫く歩いて彼は何もない場所で止まる。通路はまだ続いていた。なんの特徴もない廊下の途中。そこでパーシヴァルは止まったのだ。
黒一色の場。
壁には渇いた血のような跡がこびり付いていた。
まるで呪いのようである。
パーシヴァルはそこにて、二つの重荷を置いた。そして少し離れた床に手を翳す。
「報われぬ者よ、屍を晒せ。
そう唱えると、床に金色の文字が浮かぶ。
それが円形になり、魔法陣となった。
パーシヴァルが魔力を注ぐ。
文字はさらに輝き、やがてパーシヴァルとセンビー、そして人形を包み込んだ。
やがてそこには誰もいなくなる。
残ったのは戦いの痕と残骸だけだ。
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