第98話 もう一つの決着 その四

 凄絶に水蒸気を纏って崩れ落ちる氷の壁。その奥からパーシヴァルが飛び出した。

 鬼の如き形相で、鬼神の如き気迫で、漲る殺意を剝き出しにして。


 その左手にはいつの間にか手甲が装備されている。

 肘まで覆った朱銀の手甲。唐草のような文様があった。肘の先端は筒状になっており、そこから鎖が伸びている。

 その先にあったのは……鉄球だ。しかも巨大。全長は五十センチ弱。パーシヴァルの体躯の半分ほどもあるのだ。

 さらに鋭利な棘が規則的に配置されていた。黒一色の鉄の棘は尋常ならざる殺意を伴っている。


 その棘のついた鉄球が鎖に繋がれていたのだ。


 センビーの嗤いは既に止まっている。それどころか驚き、怯えたような表情になっていた。


「な!? 契約武器ミディエーション!?」

「まさか! 祝詞を唱えずに発動できるのかよ」


 戸惑いが声になって漏れた。

 仮面をしていてもわかる。

 黒い男も白い女も、そしてセンビーも焦燥が駆け巡っていた。


 パーシヴァルが氷の壁を張ったのは理由がある。

 ラッパの武器を見て即座にあれが音、もしくは声を武器にする道具だと判断したのだ。ならば攻撃は直線か、波状か、そのどちらかだろう、とそこまで彼は予測していた。

 直線なら氷の壁で事足りる。波状ならば場合によっては大打撃だ。氷の壁だけでは防げない。


 しかし、仲間がいる盤面で波状攻撃はしにくい。無論、防ぐ手立てがあるのかもしれないが。

 一秒にも満たないその間にそこまで考えていた。そして結論を出す。


 直線の攻撃だと判断し、氷の壁を用意したのだ。

 最悪波状攻撃であったとしても自分なら対処は可能だ、と推察していた。


 無論、音の攻撃なので耳を破壊される場合もあったが、その程度だ。死なない。それならば戦える。


 そこまでを一瞬で考えていた。勿論、全て理論立てて考えたわけではない。

 歴戦の中で培われた思考力が必要なものだけをチョイスして計算を組み立てたのである。


 そしてカウンターの一手として契約コントラクトを発動したのだ。

 パーシヴァル・ドライヴァー。彼は祝詞無しで契約武器を発現できる。


 誰も彼もができることではない。

 契約武器を手に入れてなお、研鑽と鍛錬の中、血の滲むような修練の先に辿り着ける一握りの妙技。


 それが使えるのが、パーシヴァル・ドライヴァーだ。


 彼の後ろには今、契約している幻獣が姿を現している。

 そこにいたのは毛むくじゃらの化け物だ。

 パーシヴァルを越える巨躯。三メートル半ほどか。

 顔も、肌も全て赤茶色の毛で隠れているが目に当たる部分が怪しく赤く光っていた。

 猿に近い。が、猿ではない。

 化け物。それが最も適切な表現だった。


「グレンデル!」


 パーシヴァルが叫ぶ。それに呼応して後ろにいたグレンデルという名の化け物も吠えた。

 パーシヴァルは右手に鉄球を持ち、剛腕に任せて投げつける。

 鉄球は猛スピードで敵目掛け飛び立った。


「ちぃ!」


 三人は一斉に避けた。

 鉄球は壁に直撃し、そこにあったものを全て破砕する。

 まるで隕石。

 周囲一帯に蜘蛛の巣のように罅を走らせた。その中央の壁に鉄球はめり込んでいる。


「バカでかい鉄球だな……」


 センビーが呟いた。


「だが、当たらなきゃ意味ねぇよ」


 センビーが嘲笑う。

 白い服の女は無言のままだ。

 パーシヴァルは右手を顔の前に置く。人差し指と中指を立てた状態だ。


 黒い服の男はそれを見て警戒する。が、遅かった。


「喰らい付け! グレンデル!」


 グレンデルが軽く吠える。同時に鎖が微かに震える。

 鉄球にその震動が伝わった時、鉄球と鎖が離れた。

 鎖の先端は鉤状になっており、それが凄まじい速度で、まるで意思をもつ蛇のように、センビーの右の肩に突き刺さる。


「が!」


 悲鳴を上げるセンビー。

 鎖の鉤爪は正しく蛇の如く、噛みつきその肉を抉った。そして固定される。

 パーシヴァルは右手の二本の指を曲げた。

 それに合わせて、鎖がまた凄まじい速度で巻き戻る。鎖はパーシヴァルの左手の手甲に繋がっていた。


 即ち、センビーが魚釣りのようにパーシヴァルに引き寄せられるのだ。

 あまりの速度に後ろの二人は反応できない。


 パーシヴァルは両腕を広げる。

 広背筋が勢いよく膨れ上がった。

 両腕に雷魔法を纏う。バチバチと雷電が迸った。


「『雷纏サンダータイプ禿鷲ヴァルチャー』!」


 床を破壊するほどの衝撃で一歩踏み込み、両腕を鎖によって近づくセンビーの胸に叩きこんだ。


 瞬間、轟音と共に雷が爆発する。


「あぁぁああ!!」


 センビーは眼、鼻、口、耳から黒い煙を吐き出す。

 電気が全身から零れ落ちていた。


 しかし、辛うじて息はある。パーシヴァルが手加減したのだ。

 即死ではない。

 だが、もう動けない。

 それを見極めての手心を加えた。


 熟練の戦士であるパーシヴァルだからこそできるギリギリの峰打ち。

 パーシヴァルの視線が残った二人を睥睨する。


「まじかよ」

「やばいわね」


 二人の重心が後ろに置かれた。逃走の準備である。が、パーシヴァルは見逃さない。


「生け捕りは一人でいい」


 パーシヴァルは右手を翳した。その先にあるのは鎖が外れ、壁にめりこんだ鉄球だ。

 二人は同時に何かを察した。


「やばい! 離れろ!」

「わかっているわ!」


 焦る二人を前にパーシヴァルが冷静に一言放つ。


「爆ぜろ」


 瞬間、鉄球が爆発した。

 鉄球にある棘、鉄球の鉄、そして中に入っていた多くの鋭い刃が爆炎と共に広がる。そう、これは釘爆弾だ。

 人を殺す、傷つけることに特化した最凶最悪の爆弾。


 それを至近距離で二人は浴びた。

 二人を棘や鉄の破片、刃が貫き、炎でその身を焼き尽くす。

 悲鳴はない。懺悔も悔恨も残らない。


 一瞬。

 一瞬のうちに無慈悲に二体を破壊した。

 それでもなお、パーシヴァルの瞳に宿る怒りはまだ消えていない。未だに黒く、黒く、燃えていた。

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