第92話 決着 その九

「貴方は愛している私を殺そうとしたのよ。愛した相手を殺そうとしたの」


 クレアの言葉が鋭い刃物のようにモーガンに刺さる。


「ちが……う。それは違うんだ……」

「何が違うの?」


 モーガンの言葉が終わるよりも先にクレアが言葉を放つ。

 また刃物が突き刺さるイメージが見えた。


「貴方の愛しているは一方通行なの。独善的で幼稚で自分勝手なの。それは愛じゃない。ただの物欲よ。支配欲よ。欲しいだけ。愛じゃない」

「ちが……」

「何も違わない。現に私は貴方のことを愛していない。憎んでいるわ。私の大事な人たちを傷つけて、隠れて私の思い出を汚して、赦さない。赦せない。剰え自分のクラスメートもくだらない理由で巻き込んで……本当に最低」


 愛していない。その言葉は今までよりも深く、深く、モーガンに突き刺さった。


「何度も言うわ。愛していない。貴方のことなんてこれっぽちも愛していない。嫌いよ。貴方なんか大嫌い。今、目の前で死んでも私は何も感じない。虫けら以下。大嫌い。貴方は私を殺そうとしたし、私の大切なものを奪おうとした。だから……」


 モーガンの眼からあの狂気の光が消えていく。

 代わりに懺悔の如く大粒の涙が滝のように溢れた。


「大嫌い! 二度と私達の前に現れないで。未来永劫、貴方を怨み続ける。決して赦さない。絶対に赦さない」


 モーガンの戦意は完全に折れた。

 狂気は消え、そこにいるのは同年代の少年だった。


「貴方なんか大嫌いよ」


 最後にそう言い捨ててクレアは俺の方を向いた。

 その表情にはまだ殺意の残滓があった。

 全てを出し切ったわけじゃない。一部だけが漏れ出た程度。


 だが、これが決着の結末。

 残ったのは拭いようのないシコリだけだった。


「ごめんね、アイガ」


 そのごめんの意味はどういう意味なのだろうか。

 脳裏に浮かぶ沢山のワード。


 俺は全て脳の片隅においやった。


「謝るなよクレア。終わったんだから」


 俺は笑顔をクレアに向ける。それは何も意味がないことくらいわかる。


 それでも俺はクレアに笑顔でいてほしかった。

 俺の笑顔につられてかクレアも笑ってくれた。

 ぎこちない、泣きそうな笑顔だった。


 それでも俺は良かった。

 クレアには怒りも、憎しみも、悲しみもいらない。殺意なんてもっての外。

 笑顔でいてくれればいいんだ。それだけでいい。


 俺はクレアに右手の拳を突き出す。

 クレアは一瞬、ポカンとしたが、すぐに意味を理解してくれたようだ。

 左手で拳を作り、俺の拳に合わせようとした。


 その時だった。


 爆弾が破裂したかのような凄まじい轟音が響く。


 これは……トライデント・ボアが侵入したときと同じ音だ。

 焦燥に駆られる俺は天を仰ぐ。


 そこにはまたあの罅が走っていた。空間にそのまま稲妻を描いたような罅だ。

 再び俺の中に戦慄が迸る。


「何!?」


 初見のクレアが慄く。

 俺は目を見開くしかできなかった。

 そうして……

 その罅から大量の何かが降ってきた。

 

 また魔獣か?

 そう思ったがその認識はすぐに改められる。


 そこにあったのは大量の瓦礫だ。

 大岩をそのまま砕いたかのような大量の瓦礫が雨の如く降り注ぐ。


 遠くでサリーの叫ぶ声が聞こえた。

 モーガンは呆けたままそれを見上げていた。


 瞬間、俺の脳と身体は最善を尽くすため動く。

 一瞬の躊躇いもなくクレアを突き飛ばした。


「きゃ!」


 クレアの悲鳴を後にして、俺はモーガンに駆け寄る。

 そのまま地面に臥すモーガンを蹴り飛ばした。

 威力自体は他愛もない蹴りだ。ただ、瓦礫の範囲から出すためだけの蹴り。


 モーガンは地面を転がり射程範囲から出た。

 奴の表情はわからない。そこまで気にする余裕はなかった。

 何故、モーガンを助けたのかもわからない。

 思えばこのまま瓦礫で殺すのも良かったのかもしれない。それなら俺は手を汚していないんだから。


 そんなことを思いながら俺は天より堕ちてくる瓦礫を見上げていた。

 理由なんかない。ただ助けようと思った。それだけだ。それでいいじゃないか。

 迫りくる瓦礫は確実に俺を圧殺するだろう。


 もう逃げられない。間に合わない。


「ごめんな、クレア。俺はここまでだ……」


 自然とそう呟いた。


 走馬燈が駆け巡る。

 思い出は全てクレアのものばかり。良かった……最後に思い出す記憶がクレアのもので。

 まるで俺の時間軸だけがぶっ壊れたかのように沢山の言葉と記憶が脳を埋めていく。

 現実逃避なのはわかっている。

 これもきっと死の恐怖から逃げているのだろう。


 獣王武神を解いたのは失敗だったな。あのままならあんな瓦礫くらい砕けるのに。

 ただの岩なら氣は通らない。まぁ、氣が通ったとしても俺の力じゃ迫りくる岩石の群れ全てを砕くのは無理だろうが。


 あぁ、もっと鍛えておけばよかった。


 そうすればもっとクレアと一緒にいられたのに。


 もっとクレアとしゃべりたかったな。

 もっとクレアと……もっと……


「世界を紅蓮に染めよ!」


 あぁ、クレアの祝詞が聞こえる。

 だけど、いくらクレアでも拳銃一本であの大量の瓦礫を破壊するのは無理だ。それくらい俺にもわかる。


 ありがとう、クレア。その気持ちだけで俺は笑って死ねる。


!」


 え? 祝詞の……続き!?

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