第93話 決着 その十

 どうしてそんなやつを助けるの?

 その所為で貴方は死んでしまうのに……


 どうしてそんな顔をしているの?

 貴方はこれから死んでしまうのに……


 どうして貴方はいつも私を守ってくれるの?

 死ぬとわかっていても……


 ダメ……このままじゃあ……アイガが……死んじゃう……

 私の前から永遠に……消えてしまう……

 それだけは……絶対に……ダメ!


 もう迷っている場合じゃない。

 ここでアイガが死んだら私はきっと一生自分を呪う。

 助けられるのに、助けないなんてありえない。


 こんなことを一々迷う自分が本当に嫌だ。

 いつまで自分勝手なままでいるの!?


 日向ひなた紅愛クレア

 何が紅蓮の切札フレア・ジョーカーだ!


 大切な人、一人守れないで自惚れないで!

 今度は私の番。私が貴方を助ける番だ!


 貴方はいつも私を守ってくれた。

 傷だらけになっても、私を守ってくれていた。

 血塗れになっても、私を守り続けてくれた。


 私はそんな貴方に汚い言葉を吐いた。

 身勝手な思いで遠ざけた。

 そして恐怖に負けて貴方を傷つけた。

 

 それなのに……

 また貴方は私を守ってくれた。

 傷だらけになって、その身を変えて、私を守ってくれた。

 

 今も。ずっと。私を守ってくれている。


 死なないで。


 まだ私は……

 貴方に何も返していない……

 

 まだ……

 伝えられていない……


 もう……

 私は迷わない!


 必ず、貴方を!

 守ってみせる!


「世界を紅蓮に染めよ」


 体中に躍動する血潮。沸騰しそうなほど熱いのに私はこれが心地よい。

 肌が焦げる。体内から炎が溢れる。


「未来永劫焼き尽くせ!」


 目の前が一瞬赤くなった。

 来る!

 私の全力が!


『やっと我の出番か……』


 心の最奥で呟く声が聞こえる。


 えぇ、そうよ。貴方の出番。恥も外聞も全て捨てるわ。

 だから……

 アイガを助けて!

 お願い!


「顕現せよ! 迦楼羅天!」


 背中が燃える。

 救いの炎が今、羽搏く。



 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 脳が停止している。


 遅れて。

 耳を爆音がつんざく。鼓膜が破けそうになるほど震えた。

 体を暴風が吹き荒ぶ。踏ん張るので精一杯だった。

 肌を高熱が駆け巡る。熱いと感じたが不思議と火傷はしていなかった。


 気付いた時には天より墜落する瓦礫の大群が掻き消えていた。

 比喩表現ではない。本当に掻き消えたのだ。


 理解が追い付かない。未だ脳の動きは鈍く重い。

 呆ける俺をまた熱波が包んだ。先ほどとは微妙に違う熱さだ。本当に熱い。が、それでいて優しい。


 続けて、顔に何かが降り注ぐ。

 砂だ。

 熱い砂が俺の身体に塗されていく。


 その頃になってやっと愚鈍な脳味噌が再起動した。その中で今の情景がリフレインされていく。

 その記憶の中の映像でやっと何が起きたのか理解できた。


 いや、あり得るのか?

 この魔法の世界で……それは起きるのか?


 脳内の映像で垣間見たもの。俄かに信じられない。

 しかし事実だ。


 俺の額に冷や汗が滲む。


 それはミサイルだった。それも一つじゃない。

 数多のミサイルが瓦礫の群れを砂粒へと変えていったのだ。


 否、ミサイルだけじゃない。

 弾丸や純粋な炎、そして赤い光線。それらがミサイルと共に飛来し瓦礫を全て木端微塵にした。


 この魔法の世界で俺のいた世界の近代兵器の数々。


 魔法の世界でそんなものが存在するのか?

 テレビや漫画、ゲームの世界でしか見たことはない。実物など全く見たことなどない。


 だが、それは確実にミサイルだった。形も威力もミサイルという言葉に相応しいものだった。

 そんな兵器が俺を救った。


 死を覚悟した。が、今感じている熱さが、生きていることを実感させてくれる。

 そんなミサイルが至近距離で爆発したにも関わらず俺は無事だった。

 無論、耳に響いた轟音、体に奔った豪風、肌を焦がす熱波は本物だ。しかし、一切ダメージがない。それこそ魔法としか考えられない。


 俺はミサイルが来た方を瞠った。

 脳がまた停止する。


 そこには天使がいたからだ。


 クレアだ。

 天使と見紛うほど、美しい、クレアがいた。


 天使に見紛う。否違う。

 紛れもない天使だった。


 クレアの背中から翼が生えているのだ。

 雄々しく、神々しく、美しい翼。


 その色は艶やかで神秘的なほど純粋な黒。

 俺は瞬きを忘れ、その光景を望む。


 よく見れば黒い翼は翼ではなかった。


 銃だ。

 幾百、幾千、幾万の銃の群れが折り重なって翼の形を成しているのだ。

 翼の羽毛に当たる部分一つ、一つが銃身で構成されていた。その一つ、一つに嘗てアルノーの森で見せてくれたクレアの契約武器と同じあの赤いラインが入っている。


 そうか、クレアが対ハンマーコング戦でみせたあの拳銃はこの羽毛の一部。つまり翼の一部分を使っていたに過ぎなかったのだ。


 あれで一部?


 不意に俺の精神に揺らぎが起きる。

 それに合わせて身体が震えだす。


 その震えを無理矢理抑え込んだ。

 そうしないと俺は俺でいられなくなる。そんな気がした。きっと防衛本能だったのかもしれない。


 唾を飲み、落ち着く。


 その上で眺めたクレアの姿。

 何度見てもやはり天使だ。


 彼女の背に生えた鋼の翼のおおづつから硝煙が上がっていた。その姿はまるでギリシャ神話を描いた絵画のようだ。


 羞月閉花。

 彼女の前では月も花も恥ずかしさのあまり、隠れ、閉じるだろう。それほど美しかった。


 クレアの腰辺りにはクジャクの尾羽のように紅と黒のコードが揺蕩ていた。熱を放出しているのか少し陽炎が揺らめく。


 それがまた幻想的だった。


 まさに天使。

 美しい。


 その言葉以外必要無かった。

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