第90話 決着 その七

 汚い咆哮のまま最初に飛び掛かったアサルト・モンキーを俺は右手で貫く。

 同時に氣を流した。

 黒い血反吐を吐いて死に絶えるアサルト・モンキー。


 すぐに俺は右手を抜く。

 背後に気配がした。テレポートだ。あの浅ましい猿の取柄。忘れるわけがない。警戒しないわけがない。


 右手を抜いた勢いのまま俺は左廻し蹴りを撃つ。

 綺麗な弧を描いて穿たれた蹴足が猿の側頭部を破砕した。同時にゴキっと小気味よい音を奏でて首をへし折る。

 氣を流すまでもなく二匹目の猿は一撃で絶命した。


 足を戻した瞬間、三匹目と四匹目が同時に襲い掛かる。

 二匹同時なら勝てると思ったか?

 文字通り、猿知恵だ。


 俺は両手の爪を伸ばし、すぐさま二匹を両断した。

 裂帛の気合と共に、五指の爪が容易く猿の肉体を両断する。

 臓物と肉が、赤黒い液体と共に飛び散った。


 その狭間から五匹目が地面に手をついているのが見える。

 土魔法か。

 瞬時に射出される土塊が俺の腹と右肩に命中する。


 俺は気にせず、走った。

 土塊が胸に命中する。

 痛みもない。疵も負わない。

 故に回避も、防御も必要ない。

 彼我の距離は一瞬で消える。

 猿は怯えていた。

 それでも俺に躊躇いはない。


 俺は勢いそのままに怯える猿の頭部に右手を置き、跳び箱のように跳躍する。但し、飛び越すのではない。

 猿の頂点で倒立した。

 左手は猿の右肩に置く。

 一旦、その姿勢で停止した。

 素早く左手を猿の右肩から顎へ移動させ、一気に捻る。

 猿の右耳が天に、左耳が地に向く。

 同時にゴキリと乾いた音が響いた。

 その状態で固定し、俺は脚部を振り下ろす。

 振り子の如く。


「宵月流! 裏の型! 『月下美人』!」


 勢いが加速し、それはそのまま破壊力となる。

 凄まじい力を備えた俺の膝が、固定された猿の顔面に命中した。

 猿の顔面は崩壊し、歯が舞う。鼻骨は砕け、顔が陥没していた。右の眼球は飛び出し、血も肉も花火のように弾けた。

 首の骨が筋肉を突き破る。

 そうして……氣がさらに猿の脳内を破壊した。


 魔獣の猿も普通の人間も構造は基本的に変わらない。

 頭部は最大の弱点。そこに衝撃が加わると死ぬ。

 そのため、生物にはそうした衝撃を緩和する特性がある。衝撃が加わった瞬間首は撓り、その衝撃を逃がすのだ。


『月下美人』の前段階で猿の首を固定したのはその逃がす動作を封じるため。

 そこへ頭上より反動を利用して繰り出された膝蹴りの衝撃は一切逃げる余地なく猿の顔を破壊した。


 宵月流殺法術裏の型。それは禁忌とされ、使用を師匠より禁じられている。

『裏の型』とは人を殺すことを目的に作られた型だ。

 使えば必ず殺せる。故に禁忌。

 しかし、禁じられたのは人間相手に、だ。

 魔獣相手なら、禁忌にはならない。


 そのような言い訳が脳裏に霞む。

 つまらない妄言を振り払い俺は、地面に着地すると同時にその死骸を鷲掴みにして背面に投げた。


 馬鹿の一つ覚えのようにテレポートした六匹目の猿にその死骸が覆い被さる。

 六匹目は虚を突かれ、驚き、動きが止まった。

 俺は死骸諸共、その六匹目に右手を刺し貫く。槍の如き右手が回転しながら、猿の左胸を穿った。

 氣が流動する。


 だが氣を込めすぎたようで二つの猿の死骸が爆散した。

 手足が四散して、腸がだらしなく垂れる。黒に近い赤の血が俺の身体に掛かった。まるで怨嗟の如く。

 手足を失った胴体二つがだらしなく、俺の右手に絡まった。


 その間隙を縫って七匹目と八匹目がやや離れた場所で土魔法を発動した。

 俺は右手の死骸二つで右方向の土魔法を防御し、そのまま死骸から右手を引き抜く。その時、肉の一部をこそいでいた。

 死骸が盾となって土塊は俺に当たらない。


 俺は七匹目の猿に照準を合わせた。

 こそいだ肉の一部を思いきり投擲でぶつける。

 猿の顔が朱に染まり、情けない悲鳴を上げた。

 俺はすぐさま七匹目に向かって走り、間合いに入った瞬間、前蹴りを打ち込む。

 中足の部位が猿の水月にめり込んだ。骨が砕け、肉が拉げる感触が伝わる。


 氣が猿の身体を蝕んだ。

 血反吐を吐く猿の頭蓋を握り地面に叩きつける。

 体勢を戻し、俺は右足で猿の頭を踏み砕いた。

 頭蓋骨が砕け、筋肉が潰れる感触が足裏に伝わる。

 脳症が、赤黒い血が、そして脳そのものらしきものが耳から飛び散った。


 俺は残していた八匹目を睨む。

 最後の猿は怯え、失禁していた。

 俺は踏み砕いた死骸を足で持ち上げ、その死骸の一部を引きちぎる。

 それを思いきり投げた。

 八匹目の猿は辛うじて避ける。


 俺は猿との間合いを詰めた。

 避けやすいように投げたため、猿の動きは読めていた。

 逃げる方向がわかれば追いつくのは容易い。


 俺の左手の爪がキラリと煌めく。

 猿は驚きながら右手で応戦してきた。


 そうだ、それでいい。

 黙って死ぬな。戦って死ね。


 俺の左手が猿の右手を砕く。

 穢い悲鳴が上がる中、俺は左手を引く。

 その動作と連動して素早く右足を踏み込んだ。

 右手は握り、正拳の形を成す。

 流れる動きで右正拳突きを猿の胸部に撃ち込んだ。


「宵月流! 秘儀! 『かんなぎ』!」


 完璧なフォームで繰り出された巫は猿の背面を爆破する。

 骨も肉も血も全て弾け飛んだ。


 ここまで一分と少しか。

 八匹のアサルト・モンキーは全て葬った。


 返り血に塗れた俺はモーガンを睥睨する。


「なんだよ……なんだよぉぉぉおおお!! うわぁぁぁあああ!! お前は何なんだよぉぉぉおおお!! 化け物ぉぉぉおおお!! 化け物ぉぉぉおおお!!」


 俺の殺意がモーガンの狂気を上回った。

 モーガンは腰を抜かしその場にへたり込む。


 ゆっくりと、ゆっくりと俺はモーガンの場へ歩いた。

 そして血で汚れた左手でモーガンの襟を掴み持ち上げる。


 体格の差から、モーガンは宙づりのような体勢になった。

 首に全ての負荷がかかり、顔が青黒く変色する。もはや声も出せず、必死に両手で俺の左手に縋る。

 怯えた眼で俺を睨むが、あの狂気の輝きはまだ消えてなかった。


 俺は唾棄すべき敵の顔を見る。

 敵もまた俺の顔を見た。


 視線が交錯する。

 どちらの目にもあるのは、深い憎しみだ。


「祈れ。己の神に。せめて安らかに逝けるように、と」


 俺は右手の爪を伸ばす。

 人を殺せるその爪が昏く輝いた。

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