第88話 決着 その五
「何度も言うがクレアがアルノーの森で髪飾りをつけたのは予想外だったはずだ。それによって減退魔法が発動してしまった。そしてクレアが魔力を解放したため減退魔法を解除されてしまったんだ。これで減退魔法はもうクレアに二度と効かなくなってしまったんだから」
俺は感情とは裏腹に言葉は冷たく吐いた。
反比例するかのように心の中で憎悪の炎が燃え盛る。
微かにモーガンを苦しめる鎖が緩んだ。そのためかこいつの表情が少し緩む。
サリーは驚きながらこちらを見ていた。その動揺が彼女の魔法に現れたのだろう。
「正確にはずっと減退魔法は発動していた。微弱なままな。だが減退魔法は対象者の精神面によって大きく効果の幅がぶれる。ゴードンがそのいい例だ。俺に敗北したことによって暴走状態にまでなってしまったんだから。まぁ暴走状態になるまでずっと減退魔法を掛けられていたという部分も大きいが」
俺の説明を受けてクレアとサリーは目を丸くしていた。
そう、微弱な減退魔法が一気にブーストしてまったのはクレアの精神面によるところが大きいのだ。
「俺と会ったことで動揺したのか、理由は不明確だが確かにあの時、クレアの精神面が不安定になって減退魔法がブーストして掛かってしまったんだ」
「成程……確かにあの時のクレア様は少し狼狽されていましたから」
ゴードンの時と同じだ。
精神的な問題が発生した時に減退魔法は凄まじい力を発揮する。しかもそれが遠隔操作だったため加減ができなくなっていたのだ。
「そして、こいつの計画が狂ったんだ。クレアが減退魔法を解除してしまったことでもう二度とクレアに減退魔法は効かない。しかも手駒にしていたゴードンも暴走の果てに失った。一瞬で全てを失ったんだ。さぞかし怨んだだろうな。俺を」
「え? それってどういうこと?」
クレアの不安げな視線が俺を射貫く。
「なぜなら……その原因を創ったのはどちらも……俺だ」
そう、こいつの計画が破綻した最大の要因は俺だ。
ゴードン、クレアに作用していた減退魔法がブーストするきっかけになった精神的な揺さぶり。その渦中には俺がいた。
俺という想定外の存在がこいつの計画を完全に破壊した。
「アイガが原因?」
クレアの目から涙が滲んでいた。
それは感情の吐露か、それとも防衛本能の反動か。
「あぁ。だから俺自身が撒き餌になったんだ。教室でクレアに俺と会うということを伝えたのは後が無くなったこいつを誘き出すためだ。殺したいほど俺を憎んでいるこいつはまんまと餌に食いついた。俺がクレアとどこに行くのか? もしチャンスがあるならこの瞬間に殺してしまおう。こいつさえいなければ……そんな稚拙な感情で動いたんだろう?」
モーガンは殺意の籠った眼で俺を睨む。
やっと本音が見られた。そんな気がする。
自分の計画を完全に破壊した憎むべき俺を殺すためにここまで来た。
この溢れ出る殺意はそう認めたようなものだった。
ただ、決定的に恨んでいる理由はもう一つある。それも俺は理解していた。
それを今言うべきかどうか俺は迷っている。
こいつに屈辱を与えることに躊躇はない。
だが、この答えは……
「しかし……そこまでして、これがゴードンさんやクレアさんを狙った理由は? 貴族や強者に対する嫉妬ですか?」
サリーの意見は当たらずも遠からずといった具合だ。が、この事件の真相はその奥だ。
シャロンも犯行動機は推察していたがサリーと似たような意見だった。
どちらも五十点。
俺はこいつの部屋に入った時にわかった。
そしてそれは男児なら何度か思い描いたことだ。
「動機はそれもあるだろうな……こいつはヒーロー・シンドロームだったんだよ」
「ヒーロー・シンドローム? なにそれ?」
クレアもサリーもポカンとしていた。
「英雄になりたいと強く願う願望みたいなもんだ。自分は特別だ。自分の力が無くては世界が回らない。そういう思想。こいつはそれに取り憑かれたんだよ。貴族であり強者のゴードンを洗脳し操った。その先にあったのが魔獣の侵入だ」
「え? どういうこと?」
クレアが小首を傾げる。
「強者として君臨していたゴードンが簡単に魔獣に敗北する。そこを颯爽と自分の魔法で魔獣たちを退ける。陳腐な脚本。喜劇にもならない三文舞台だ。そしてこいつは偽りの賞賛を受け、幼稚な満足感を得るつもりだったんだろうな」
モーガンは地面に顔を伏せた。
恥辱に耐えられないのか、屈辱に屈服したのか、それとも俺への憎悪に震えているのか。
わからないがその無様な姿に俺の復讐心が幾何か満たされる。
「クラスメートの危険も考慮しない短絡的な犯行だ。弁解の余地もない」
「そんな……そんなことで学園に魔獣を侵入させたのですか?」
モーガンは言い訳もしない。
自分の罪を認めたのだろうか。
こいつは本当に最低なやつだ。
糞みたいな妄想のためにゴードンを利用し、クラスメートを危険に晒した。
そこに倫理観などない。
剰え、テロリストと手を組んで魔獣を侵入させたのだ。
その罪の重さは万死に値する。
そしてその幼稚な思想、感性は死んでも贖えない。
愚か。その言葉では足りないくらいの愚物だ。
愚かだから俺如きに黒幕と看破されたのだが。
俺がこいつを犯人と睨んだきっかけ。それがゴードンとの初対面で感じた埋火の如き激情だった。
普段なら生まれない黒い闘争の本能。
今思い返せばあれもまた減退魔法の効果だ。あのタイミングで俺に触れたのはゴードンかこいつだけ。
ゴードンを除外すれば自ずからこいつが犯人だとわかる。
ゴードンとの諍いすら仕組まれたものだった。
教室での喧嘩も、体力テストの競争も、そのあとの決闘も、全て仕組まれたものだったんだ。
全くもって恥ずかしい限りである。
言い様に俺は玩具にされていただけなんだから。
まぁ、こいつにとっては自分のクラスに突如侵入してきた異分子に保険を掛けておきたかっただけかもしれないが。
それが己の計画を瓦解させる一手になってしまったのは、悔やんでも悔やみきれないだろう。
俺がゴードンに為す術なく敗れ軍門に下る未来から、全ての計画を破綻させる現実に変わってしまったんだ。
それはさぞ恨み骨髄に徹することだっただろう。逆恨みも甚だしいのだが。
敗残者の姿になるモーガンを見て俺の中にあの時と同じような黒い炎が弾ける。
優秀なミステリ作品ならもっとスマートに決着するのかもしれない。だが、これはミステリなんかじゃない。
幼稚なクソガキの、稚拙な喜劇擬き。
それに巻き込まれただけだ。
全く持って腹立たしい。憎しみを覚えるほどに。
ただ……ここまで言ってまだ八十点だ。
真相にはもう二十点足りない。
その二十点とは……
「お前に……」
「あ?」
「ん?」
不意にモーガンが何かを呟く。
注意が逸れた。
「お前に何がわかる! お前がいなければ! 全てうまくいったんだ!」
モーガンは突然何かを吐き出した。
咽頭の奥から吐瀉物の如く吐き出されたそれは掌よりも少し小さい球体だった。
虚を突かれ一瞬俺達は何が起きたのかわからなかった。
しまった!
こいつが顔を伏せた理由は恥辱や屈辱に耐えられなかったからじゃない。これを吐くための準備行動だったんだ。
気付くのが遅すぎた。
こいつはまだ諦めていない。
吐き出された球体は地面に落ちた瞬間、白く輝く。
それと同時に俺の体内に悪寒が雷鳴の如く走った。
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