第86話 決着 その三
「洗脳!?」
その言葉でサリーの顔は益々青くなる。
「あぁ、髪飾りはそのための布石」
俺もそうだった。その気持ちは痛いほどわかる。
一方でクレアの表情は読み取れない。
無機質で人形のようだった。それは生命としての防御本能にも見える。
現実を直視すれば壊れてしまう。そんな感じがした。
それが余計に俺を憤怒に駆り立てる。
「こいつの真の目的は洗脳……」
「うわあああああああああああああああ!」
その時、仮面の者が襲い掛かった。
初めての反撃。
だが俺は一瞬で間合いを詰め相手を組み伏せる。
魔法も拳法もない。単純な筋肉による力業で。
「ぐふ!」
無様な呻き声と共に地に臥せさせる。
俺は相手の腕をしっかりと決めていた。力をいれればすぐにでも折れるだろう。
「は!」
サリーが遅れて魔法を発動した。
地面から伸びる無数の鎖が仮面の者を雁字搦めにする。
「すみません。対処が遅れました」
「大丈夫だ。ありがとう」
俺は一歩下がり、捕縛を完全にサリーに任せた。
これ以上こいつに触れているとつい殺してしまうかもしれないからだ。
まだ力を振うときではない。俺がいま完全に力を解放すれば瞬時に決着がついてしまう。
それではダメだ。
こいつには屈辱を与えなければならない。
子供じみた復讐心が満足しないままの決着。それは俺の望んだ結末じゃない。
俺は軽く息を吐く。自らを落ち着かせるために。
「さて、話の続きをしようか」
仮面の者はまだ暴れている。
しかしサリーの鎖は完全にこいつをロックしていた。どうやっても逃げられそうにはないだろう。
「洗脳ということですが……つまりどういうことですか?」
「それを説明するには減退魔法をちゃんと説明しないといけないんだ」
俺は懐からある紙を取り出した。
それをサリーとクレアに渡す。
「これは?」
「マジカル・ロジカルって雑誌のとあるページを複写したものだ。そこに書いてあるだろ。減退魔法の新しい使い方ってのが」
二人は同時に紙を見る。
そこに書かれていたことが今回の相手の魔法の根幹だ。
「減退魔法の新しい使い方……躁鬱症状の改善? 躁鬱患者に減退魔法を行使することで躁鬱の回復効果が期待される。半面、精神に強制介入するため心のケアを優先する必要があることが指摘されている。また結果として減退魔法の問題点は改善されていないのでそこの問題をどうクリアするかが今後の課題となるだろう……」
サリーが読み上げた。
「そう。減退魔法は長い間相手の魔力、体力を下降させる魔法だった。しかしその魔法を上手く使えば躁鬱患者の精神に作用することが最近の研究でわかったらしい。こいつはそれに着目したんだ。そしてそれを利用して相手を洗脳する方法を編み出したんだ。本当恐ろしいよ」
流石、ディアレス学園の生徒だな。天才だよ、こいつも。
その一言を寸でのところで飲み込んだ。
それはクレアやサリーに対しても侮蔑になる。そう思ったからだ。
「洗脳……」
不意にクレアが呟く。
洗脳。即ち相手を意のままに操ること。
それは魔法ではない。技法だ。
だから魔法の学園でも気付かなかったのだ。こいつの蛮行に。
「しかし……そんな減退魔法を使って洗脳など……可能なのですか?」
「あぁ。だが条件がいくつもある。それが先にも言った条件付き発動型ということにも含まれるんだが」
ここからの話はシャロンから聞かされたものだ。
あの女ですら戦慄したというその手法。
俺からすればそれは悪魔の所業だとも思えるものだった。
「第一に全員が全員、洗脳できるわけじゃない。このやりかたは万能じゃないからだ。まず減退魔法を掛ける対象者は精神的に参っているものに限られる。つまり心を何かしらの理由で病んでいるものじゃないと効かない。まぁそもそも躁鬱患者の改善に使われるくらいだしな」
「そんな……クレア様は精神的に参って等……いないはずです」
サリーの言葉は少し弱い。思い当たる節があるのかもしれない。
俺は敢えてそこには触れないようにした。
「別に現時点で参っている必要はない。長い時間をかけてクレアの感情を揺さぶればいいんだから」
「そんな……しかしそう簡単に洗脳されたりするものなのですか?」
「あぁ。実際洗脳された奴がいたからな」
「え? 誰ですか?」
「それは……」
「ゴードンって人だね」
突然、クレアの言葉が響く。
その顔は先ほど以上に感情が読めない。
ただ、クレアが発した言葉は正解だった。
「そうだ。ゴードンがこいつの餌食になっていたんだ」
「ゴードン? オークショット家のゴードンさんですか? 彼が? そういえばゴードンさんは先日問題を起こされたと聞いていましたが」
サリーは俄かに信じられないようだった。
「あぁ。ゴードンはこいつに洗脳されていたんだ。元々特別科に入りたかったのに普通科にしか入れなかったゴードンは精神的に追い込まれていた。こいつからすれば格好の実験動物だったんだろう。しかし、最後は減退魔法の効果が効きすぎてしてしまった。薬物の
これもシャロンから聞いた話。
減退魔法の効果で洗脳されていたゴードン。その効果は徐々に彼の身体と精神を蝕みとうとう崩壊してしまった。
その止めを刺したのはシャロン曰く俺らしい。
俺との勝負で完膚なきまでプライドを破壊されたゴードンの精神はこいつの減退魔法に完全に飲み込まれてしまった。そして俺憎しの感情だけで暴走し、俺を襲ってしまったんだそうだ。
そう、このゴードンの暴走もこいつにとっては予想外。完全に想定外だったはずだ。
「そんな……ん? でも確か減退魔法は一度掛かると抗体ができてしまうのでは? だから実用化されなかった代物。そう学びましたが。先ほどの論文にも『減退魔法の問題点は改善されていない』とありましたし。まさか……この人の減退魔法は特別なのですか?」
減退魔法は一度掛かると次は掛からない。俺という例外が存在するがそれは事実だ。
「いや、こいつの減退魔法も同じ。通常通り一度掛かると抗体ができて二回目以降は掛からない」
「なら何故……」
「ずっと掛け続けられていたら?」
俺はサリーが言い終わる前に答えた。
「え? どういうことですか?」
「減退魔法をずっと掛け続けたんだよ。それが条件付き発動型として魔法を行使した理由だ。条件付き発動型なら条件が成立している間ずっと魔法を発動し続けることができる。つまり睡眠時や不測の事態で自分が魔法を解除してしまう危険がなくなるってことだ。そうやってこいつは陰湿に……朝も昼も夜も関係なく、相手に魔法を掛け続けることで減退魔法のデメリットである『一度』の部分を無効化したんだよ。恐るべき執念だ! 気持ち悪いくらいにな!」
俺は暴れる仮面の者の仮面を勢いよく剥いだ。
魔法でがっしりと固まっていたであろう仮面は容易く剥がれる。
その正体がやっと白日の下に晒された。
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