第83話 覚悟

 これは昨日のことだ。

 あの学長室での続き。

 そこでシャロンからとある提案をされた。

 それは決着の方法だった。


「どういう意味だ?」


 俺の問いにシャロンは真顔で返す。


「こちらがわかっていることは先ほど申した程度です。つまり、犯人があの子であること。そしてその背後にまほろばというテロリストがいるということくらい……なのです」


 シャロンは俯いていた。

 表情は窺えない。故に演技か真剣なのか判別できなかった。


「現状、我々はこの学園内にあの子以外のまほろばの手先がいるのか、全くわかっていないのです。人数も、正体も……全て不明なのです」


 シャロンの声もいつも通りだ。

 悲哀を装ってもどこかそこに傲慢さが垣間見られるのは、俺の邪推なのだろうか。


「推論で申し訳ありませんが、まほろばの手先は恐らく一人……もしくは二人程度だと睨んでいます。誰が、までかはわかりません。しかし、このディアレス学園のセキュリティをそう易々と何人も掻い潜れるとは思えません。まぁそれも希望的観測だと言われればそれまでなのですが」


 シャロンは目の前の紅茶に手を付けていない。

 それほど今話していることは真実なのだろう。

 いつもの傲慢さが露ほども感じられないのもその所為か。


 だからこそ、俺の心に迷いが生じる。


「さて、ここより先の真実を話す前に……お二人に確かめなくてはならないことがあります」


 シャロンの視線が真っ直ぐ俺とクレアを射貫いた。


「なにを確かめるというんだ?」

「決着の方法です」


 その一言に俺の中に緊張が走る。


「貴方方の手で決着をつけるのか? それとも決着を私達他人の手に委ねるのか? 決めてください」


 挑発的な物言い。

 俺はシャロンの思惑がやっとわかった。


『自分達で決着をつけろ。そして我々はその隙に、背後にいるまほろばを捕まえる』

 ということが言いたいのだろう。


 生徒同士の小競り合いを教師監視のもと喧嘩によって決着をつけさせるこの世界らしい考え方だ。


 だが、それは面倒ごとを俺達に押し付け、自分たちは自分たちの仕事に専念したい、というこいつのはかりごとが透けて見えた。


 ふざけるな。

 これ以上、クレアを危険な目に合わせるわけにはいかな……


「わかりました。では私達で決着をつけます」

「な!? 何を言っているんだ? クレア!」


 クレアの突然の宣言。

 俺は驚いてつい立ち上がる。

 しかし、クレアも勢いよく立ち上がった。

 その瞳が、オニキスのような瞳が、真っ直ぐと俺を見る。


「だって! 私、本当に怒っているんだよ! 大切な思い出を穢されて、怪我もした。でも……それ以上にアイガを傷つけたことが許せない! 全部、その人の所為でアイガが酷い目にあったなんて! 許せないよ!」


 クレアの気迫の籠った瞳に俺は気圧された。

 そしてクレアも俺と同じような怒りを覚えていてくれたのか。それは少し嬉しかった。


「俺も、だ。アイツはクレアを傷つけた。だからこそ、これ以上クレアに傷ついてほしくない。願わくはアイツは俺が片をつけたいんだ。それじゃあダメか?」

「ダメだよ。何度も言うけど、私だって怒ってるんだもん」


 クレアは昂然と俺を見る。

 その瞳に宿る炎は俺と違って綺麗な色をしていた。


「それに……私はそんなに弱い女じゃないよ。ディアレス学園始まって以来の天才、『紅蓮の切札』だよ」


 にっこりと笑うクレア。

 俺は黙考する。


 しかし、どんなに考えてもクレアの意思を曲げる言葉は出てこなかった。

 俺は「わかった」と呟く。


 そして二人でシャロンを見据えた。


「答えは出たようですね。では、あの子に対する今わかっていることを全て話します。但し、覚悟はしてください。正直、今ならまだ聞かずに済みますよ」


 シャロンの最終通告をクレアは一拍も置かず拒否した。


「話してください」


 力強いその言葉にシャロンは一瞬微笑する。

 そして語られた話は本当に身の毛もよだつ悍ましい話だった。

 それでもクレアは真剣な顔を崩さない。怯えることもなく、震えることもなく、シャロンの話を聞いていた。


 漸くシャロンが話を終えるころ、すっかり冷たくなった紅茶を俺は一口で全て飲み干す。

 喉を通り過ぎる紅茶は味も匂いもしない。

 残ったのは憎しみだけだった。


 クレアはやはり表情一つ崩していなかった。

 俺よりも遥かに辛いはずなのに。


「それで、どうしますか? あの子を直接呼びつけますか?」


 シャロンの問いに俺は何も答えられなかった。

 平常心が機能していない俺はうまく言葉が紡げない。


「必要ありません。私とアイガで誘き出します」


 クレアの言葉に俺はつい、彼女の顔を見る。

 荘厳なその表情は儚くも美しい。


「シャロン先生や他の先生から呼び出されたら警戒すると思います。でも私達が誘き出すなら多少なりとも相手の油断を誘えると思います」


 クレアはそう言うとシャロンをしっかりと見据えた。

 シャロンもそれに呼応するかのように悠然と俺達を瞠目する。


「修練場を使う許可を下さい。あそこなら多少大暴れしても問題ないはずです」

「わかりました。手筈は整えておきます」


 クレアは黙って一礼をした。続けてその煌めく炎が灯る瞳で俺を見る。


「アイガ、それでいい?」

「あぁ。問題ない」


 俺はにっこりと笑ってアイガの前に拳を出す。

 クレアも笑ってその拳に自分の拳を合わせた。



 回想を終え、俺の視線が現実に戻る。


 そうだ、あの時に覚悟を決めたんだ。

 二人で決着を付けると。

 このクソみたいな状況にしたアイツに立ち向かうと。


 空気が張り詰めていった。

 そして……その時は訪れた。


 コロッセオの入り口から金属音が突如として響き渡る。同時に煙がモウモウと立ち上った。


 クレアと俺は同時にそちらを見る。クレアの右手には煌々と炎が燃えた。赤銅の髪が靡き、紅いオーラのような炎が彼女を包む。

 俺は魔人の証明を発現し、両手には氣を集約させる。群青色の氣が俺の身体を覆った。


 濃い灰色の煙はやがて薄く、薄くなっていく。

 そこから現れたのは……


 サリー……だった。

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