第84話 決着 その一

 サリーはゆっくりと、悠然と、こちらへ向かって歩いてくる。

 そんな彼女を見た時、悪寒が走った。


 その佇まいは貴族特有の高潔さを感じる。だが、うねりを伴った黒い嵐のような激情がその高潔さの隙間から垣間見られたような気がした。

 本人も隠す気が無いのだろう。


 それらがドロリと零れていく。宛ら岩盤の隙間から這い出る溶岩の如く。

 俺とクレア、そしてサリーの目が合う。


「首尾は?」

「上々です」


 俺の問いにサリーは簡潔に答えた。


「不届き者はそこに」


 サリーは振り返り、今し方入ってきたコロッセオの入り口を指さす。

 そこには無数の鎖が地面から生え、まるで節足動物の群体のように絡まっていた。その先端には鎖が数多に集まってできた球体がある。


 魔法で生み出されたであろう鎖はサリーの動きに呼応していた。

 彼女の合図で鎖は伸び、徐々にこちらへと近づいてくる。地面に接地している部分も連動していたため本当に節足動物、とくに百足などを彷彿とさせた。

 無機質で悲鳴に近い金属音を奏でながら近づくそれに俺は少し畏怖を覚える。


 そしてそれを操るサリーにも、だ。


 今まで会っていた彼女とは違う。いや、一度だけこのサリーに会っていた。

 大図書館に行く前だ。


 あの時と同じでサリーは今も殺意を孕んでいた。

 そんな俺の想いを余所にサリーは一瞬嗤って指を鳴らす。すると鎖の球体は一瞬で弾け、中身を落とした。


 そこには黒ずくめの衣装を身に纏い、顔を白い仮面で隠した者がいた。否、吐き出されたという方が正しいか。


 着けている仮面は楕円形で模様などは何もない。恐らく魔法による道具なのだろう、目も口も隠された歪なその仮面は不気味でしかなかった。普通なら呼吸するための穴、視界を確保する部分などがあって然るべきはずだが、その仮面には一切ない。

 顔と一体となっているのか、隙間すら感じられない。無論、そんなことはないはずだが。


 その仮面を俺は何故か醜悪と感じた。

 醜いと思える要素が一つもないが、それでも俺はその仮面に厭悪を感じずにはいられなかったのだ。


「尾行している者ほど、自分が尾行されていることに気付かないものだな」


 俺はゴミを見るようにそいつを眺める。そこにあるのはただ一つ、侮蔑の感情のみだ。


 仮面の者は解放された瞬間は動けずにいたが、暫くして自分の状況を把握したのか立ち上がって右斜め後ろに跳んだ。

 俺とクレア、サリーから挟まれていたため距離を取ったのだろう。それでどうこうなるわけでもない。


 入口側はサリーが抑えているため、今更距離を取っても無駄だ。

 そもそも三対一。特別科二名、怪物一名。戦闘力の差は歴然。


 サリーに捕らえられた時点でこいつは既に詰んでいる。


「手筈通り……ですね」


 サリーが呟いた。


 その言葉で俺は今朝のことを思い出す。


 俺は今朝学校に遅刻した。

 それはこの舞台を整える準備をしていからだ。


 その第一段階として俺は朝、サリーに会っていた。

 そこで今回の作戦を伝えたのだ。

 クレアが教室で俺を呼び出す。場所の指定は『あそこ』というワードのみ。


 それで敵をおびき出す。

 


 犯人は場所がわからない。故に俺達を追うだろう。その跡をサリーに尾行してもらった。

 先ほども言った通り、尾行している人間ほど自分が尾行されているということに気付きにくいもの。

 効果は覿面だった。


 簡単にサリーに捕獲されたのがその証左だろう。

 ここまでは完全に予定通り。


 ただ、サリーが敵を殺さなくてよかった、という思いもある。

 ここまで怒っているサリーならあのまま鎖で圧殺していたかもしれない。これが杞憂だとは俺には思えなかったのだ。


 一方、仮面の者はいつでも魔法が使えるように右手を掲げて構える。が、長い間鎖の中に閉じ込められていたストレスからか、どこか弱々しかった。一目で空威張りだとわかるほどに。


 その姿はとても今回の事件を引き起こした犯人とは思えない。

 しかし油断してはいけない。


 俺は腹に力を入れる。


 サリーは軽蔑の眼差しでそいつを眺めていた。

 彼女には敵の正体を含めて全てを話していない。時間が無かったため、作戦の内容しか伝えられていなかった。


 その正体も目的も不明のままだ。

 今となってはそのほうが良かったのかもしれない。


 観客がいたほうが舞台は映える。例えそれが悲劇トラジェディーだとしても。


 そうやっと舞台は整ったのだ。本当の意味で。

 ここからは一方的な蹂躙。


 ただの仕返し。

 子供じみた仕返しの時間だ。


 相手に只々屈辱を与えるための。


「全部、話すよ」


 俺の言葉にも仮面の者は反応しない。

 それは虚勢か、恐怖か、それともまた別の感情のために動かないのか俺にはまだわからない。


 だが、構わない。


「俺達は大図書館で調べて減退魔法のことを知った」


 俺はサリーでなく仮面の者に向けて言葉を放つ。

 しかし、俺の言葉に仮面の者は無反応のまま。


 減退魔法というワードを出してもこの反応なのは少し驚いた。

 それでも俺は頭の中で言葉を積み上げる。どうすればこの敵を貶めることができるのか。それしか考えていなかった。


 シャロンから聞き及んだことも含めて俺は自分の言葉で真実を吐き出す。


「お前の減退魔法は……『条件付き発動型』なんだろ?」


 少しだけ仮面の者の肩が震えた。

 真実の刃が如実に刺さった瞬間だった。

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