第77話 大図書館-発見
「あれ? アイガ君?」
俺を呼ぶ声がした。
振り向くとそこにいたのはロビンだった。
俺と同じように地図を持ちながら、片手には分厚い本を持っている。
「あれ? ロビン? なんでここに? あ、勉強か?」
俺の問いにロビンは軽く笑って答えてくれた。
「そうだね。それもあるけど、半分は趣味かな。ほら、僕魔法陣の研究がしたいって言ったよね。だから休日で許可が貰えたらだいたいこの大図書館で魔法陣関連の本を読んでいるんだよ」
そうか。そういえばロビンは元々魔導士志望だったな。
休日まで図書館で勉強とは、趣味とはいえ恐れ入る。
「アイガ君も勉強?」
そう聞かれて俺は逡巡した。どう理由を言えばいいのか。下手に真実を言ってロビンを巻き込むことはしたくない。
「ちょっと、減退魔法について調べていたんだ。あとは魔獣かな」
それでも俺は正直に答えた。
ロビンに隠し事をすることが何故かできなかったのだ。
「減退魔法? これまたニッチな魔法を調べているんだね」
「知っているのか? 減退魔法のこと」
驚くことにロビンは減退魔法のことを知っていた。説明しようと思っていたその手間が省ける。
「うん。確か、何十年も前に発表された魔法だよね。でも実用化には至らなかったって魔法。まぁ、そんなのこの世界にはごまんとあるけど」
そうなのか。
実用化に至らない魔法。
『魔人の証明』を彫った俺にはその言葉がチクリと心に刺さる。
しかし、ロビンは博識だ。そんな魔法のことまで知っているとは。
「なんで、ロビンは減退魔法のことを知っているんだ?」
つい、質問してしまった。
「いや、ちょっと前に減退魔法に関する論文を読んだんだ。それで知っているだけだよ。僕がいつも読んでいる魔法陣研究の雑誌にちょこっと載った程度なんだけど」
論文?
減退魔法が載った論文か。
論文といものがどういうものなのかさっぱりわからないが、俺はそれを見てみたいと思った。
書物として載っている減退魔法のことはわからなくても論文という形なら俺でもわかるかもしれない。
微かな期待だがそれに賭けてみようと思ったのだ。
「それってこの大図書館にもあるのか? 俺も見てみたいんだが」
「あるよ。こっち、こっち。案内するね」
そう言ってロビンは廊下の奥へと進む。
「場所知っているのか?」
「うん」
ロビンはニコニコしたまま俺を先導してくれた。
「ところでアイガ君はなんで減退魔法なんて調べているの?」
俺はまた逡巡した。一瞬の熟考。恐らく一秒ほど。
歩きながら振り返るロビンと目があう。
俺は答えを決めた。
「全部終わったら正直に話すよ」
俺の言葉にロビンは首を傾げる。
「え……えっと……うん、じゃあ、その時に教えてね」
ロビンは恐らく言葉の意味を全て理解していないだろう。それでいい。
今はまだ。
この事件が終わったらロビンに全て話そう。俺はそう決めた。
そしてロビンは一つの部屋の前で立ち止まる。
部屋の名前は『白夜の間』と書かれていた。
「ここは雑誌系の本が置かれている部屋なんだ。少し他の部屋とテイストが違うし、置いてあるのが世俗的な雑誌ってことで人気はあまり無いんだけど、独特の魔法の使い方とかが書かれた本が多くて、僕としてはおすすめの部屋だよ」
やはりこういった話題の時、ロビンは饒舌になる。
二人でワープして『白夜の間』へと赴いた。
そこは確かに今までと違う場所だった。
部屋一面が白い。
絨毯も天井も白を基調とした部屋だ。
その奥にはオフホワイトの色に塗られた木製の扉があった。材質まで異なる部屋の違いに驚きつつ、俺はその扉を開く。
そこは名十メートルも高い天井や豪奢なシャンデリアなど無い、だだっ広い部屋だった。
天井は恐らく三メートルほど。壁際に普通サイズの書架が置かれ、そこに本が整頓されている。横には脚立が置かれており、魔法ではなくこれを使って上段の本を取れ、ということなのだろう。
中央には簡素な机と椅子が並べられていた。
あまりにも違う部屋の造りに俺は今までとは違った意味で驚く。
ここまで露骨に違うと何かあるのかと身構えてしまうものだ。
「こっちだよ」
ロビンはそんな俺に構わず目的の書架へ向かう。慌ててその後を追った。
そこでロビンは一冊の本を取り出す。
俺はそれを受け取った。
表紙には『マジック・ロジック』と書かれている。
さっきまでの部屋にあった本とは重みも質感も違った。
「減退魔法については、二十ページだったはずだよ」
ロビンが教えてくれたページを開く。
よもや、書かれたページまで覚えているとは。本当にロビンは本の虫だな。
言われたページを開き、読む。
その瞬間、衝撃が走った。
まるで電気、否、落雷を受けたような衝撃。
脳天を貫く閃光が俺の鈍麻な脳味噌を一撃で活性化させた。
その脳味噌が一つの答えを導き出す。
「そういうことか……ん? じゃあ……あ! アイツ!」
まだ解けていない疑問はある。だが、それ以上にこの答えは俺の中で革新的で完璧な解答だった。
正解を前にして、とある真実が浮かぶ。
それが俺の中で怒りを呼び起こした。
「どうしたの? アイガ君?」
ロビンが当惑した表情で俺を見つめる。
俺は一旦怒りの感情を忘れた。
「ありがとう! ロビン! 君のお陰だ!」
ロビンを抱きしめ、謝辞を贈る。
「え? え? どういうこと?」
そして、俺は当惑したままのロビンをおいて部屋を出た。右手には今読んでいた『マジック・ロジック』を持って。
「このお礼は必ずするから! サンキュー! ロビン」
「え? アイガ君? え?」
混乱したロビンを置いて俺は走った。図書館で走るなどご法度だ。そんなこと俺でもわかる。
しかし、そんなことが些末に思えるほど俺の脳は覚醒していた。
この導き出された答えと怒りが正しいかどうかを確かめなくてはならない。
その思いが俺の中からモラルを消し去った。
答え合わせのため、俺はとある場所へと向かって走る。
脳にはまだ雷の如き余韻で痺れたままだった。
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