第76話 大図書館-足手まとい

 サリーの先導で進む。廊下にはこれまた燭台と炎ではない光の塊が灯っていた。

 絵画も彫刻もない。窓もない。

 天然の光もない。

 

 只管同じ景色が続く。 

 どこか陰鬱としている場所だった。


 そんな長い廊下を進むと左右に扉が幾つか現れる。そこには『青嵐』、『緑葉』などと書かれていた。


 やがてサリーが止まる。

 そこにあった扉には『銀翼』とあった。ここだ。

 

 サリーが扉を開くとそこにはまた魔法陣が姿を現す。

 成程、また魔法陣で移動するのか。


 確かにこれは効率的かもしれない。

 ワープ魔法陣を経由することで移動できるなら広大な土地は必要ない。

 さらに警備の面からもリスクを分散化できる。火事や強盗のリスクヘッジに繋がるからだ。


 ワープという魔法があるからこそできる芸当。

 俺が感心していると既にワープは完了していて二人は外に出ていた。


 慌ててついていくとそこは先ほどと少しだけ違う廊下だった。壁はやや銀のような色合いをしている。

 なるほど、だから『銀翼』か。そうなると、他の場所は部屋の名前に因んだ色合いなのかもしれない。


 こちらの廊下も一本道だった。何も置かれていない殺風景な部分も同じである。

 その奥にある重厚な扉。観音開きのその先は、またもや俺を驚愕させた。

 先ほどの倍以上の広大な部屋。天井は十メートル以上。見上げると首が痛くなるほどだった。


 そんな天井まで聳える頑強な書架。それが幾つもある。

 その書架一つ一つに番号が振られていた。番号だけではない。小さな掌ほどの魔法陣も描かれていた。


 部屋の壁際にはいくつもの簡素な木製の机と椅子が置かれている。そこで本を読めということなのだろう。その辺りは元居た世界と相違ない。

 壁には司書の女性が言った通り、魔法陣があったが、どこか幾何学な模様に見えて、デザインと言われれば納得してしまいそうなほどこの部屋とマッチしていた。


 サリーは地図を頼りに十二番を探す。俺はただただ、呆然としながら後をついていくだけだ。


 この広さ、この多さ、地図がいるのも納得だった。


「ここですね」


 サリーが導いてくれたさきにあった書架には確かに十二番とある。

 その書架もまた天井高くまである大きなものだ。


 俺は目の前にあった本の背表紙を適当に見る。そこには『減退魔法』とちゃんと書かれた物から『失われた魔法』、『失敗した魔法の歴史』といったものまであった。


 何となく自分の目の前にあった『失敗した魔法の歴史』を手に取る。

 何気なく開いたページ。


 そこには『魔人の証明』が書かれていた。

 魔人の証明を彫った俺がそのページを捲ったのは偶然であろうがどこか必然にも感じてしまう。


 自嘲気味に笑いつつ俺はそっとその本を戻す。


 ふと気になった。上にある本はどうやって取るのだろうか、と。

 横目でクレアを見ると彼女は書架の端にある魔法陣に触れていた。

 そしてクレアが魔力を込めると魔法陣が仄かに光る。クレアはそのまま魔法陣を回転させた。

 ガコンガコンと金属音に似た音がして、棚の端が青く光り、その光が上部へと昇る。その動きはクレアの魔法陣を回す動きと連動していた。


 やがて青い光は上段の棚で止まる。

 クレアが魔力を込めたのか、光の色が青から緑に変わり、低音の起動音がどこからともなく響いた。

 それに伴なって、書架の上にあった棚がそのままガコンと音を立てながら降りてきた。


「あ、ごめんアイガ、説明してなかったね。この本棚、魔法陣で必要なブロックだけ降ろせるの。棚下ろすからちょっと離れててね。まぁ安全機能があるからぶつかることはないんだけど」

「凄いな」


 そう言いながら俺は少し後ろに下がる。

 ゆっくりとした速度で本棚がクレアの高さまで降りてきた。


 魔法とは便利だ。またそう思ってしまう。

 その後、サリーとクレアがそれぞれ本を選ぶと壁際にある机にドンと積んで読みだした。

 俺も早く選ぼうと思いまた適当に本を選んで中を見てみる。


「ふむ……」


 溜息しか出ない。

 何もわからないのだ。


 いや、書いてあることは読める。

 読めるのだが、意味までは理解できない。

 魔法構築の式や演算に必要な方程式などは魔力が無い俺には理解できない。

 先ほどの『魔人の証明』の説明などなら理解できるのだが、それ以外の魔法について、構築やら演算式などが描かれているものは全くわからない。


 これはまずい。足手まといだ。

 俺は足掻くように何冊か手に取ってページを捲るがやはり内容を理解することはできなかった。


 そんな中、二人を見ると持ってきていたらしきノートを開き何やらメモを取っていた。

 焦燥が脳内を駆け巡る。


 俺は書架から離れ、黙考した。

 自分に何ができるか。

 考えた末、俺は壁にある魔法陣の方へ赴き、右手を合わせた。魔法石の数珠が淡く光る。


「どうされましたか?」


 向こうからあの司書の声がした。

 想定通りだ。

 この魔法陣に触れることで向こうと連絡できる。これは宛ら内線のようなものだ。


「すみません、魔獣に関する本を調べたいのですが」

「魔獣ですか? それだと範囲が多すぎますのでもう少し具体的に、もしくは絞り込むワードを仰ってください」


 俺は少し考えてから、


「魔獣の操作、もしくは調教、支配、そういった類の単語があるものでお願いします」


 と、頼み込む。

 すると、少しも間を開けず司書の声が返ってきた。


「それだと、『赤土の間』、『黄雷の間』に関連書物がございます。地図を発行しますがよろしいですか?」


 発行?

 何のことかわからなかったが、俺はとりあえず「お願いします」と答えた。

 数秒後、魔法陣が赤く輝き、そこから一枚の紙が出現する。そこには先ほどサリーが貰っていたものと同じように地図と恐らく司書が教えてくれた場所を示す道程を示す赤い線が描かれていた。


 俺がそれを受け取ると、魔法陣は静かになる。


「何を調べるの?」


 クレアが後ろから地図を覗き込んできた。


「魔獣について調べてくるよ」


 俺はつい魔法の本を読んでも内容が入ってこないという事実を伏せてしまった。つまらない虚栄心からだ。


「わかった。じゃあそっちは任せるね」


 クレアはにこやかに笑って机に戻る。

 俺はそのまま地図に描かれた場所を目指して『銀翼の間』を出た。

 何度もワープを体験したからか、もう一人でもワープ魔法陣を起動できるようになっていたのは自分でも成長を感じる。


 そんな下らないことを考えていた。

 迷子にならないよう地図を睨むように見つめながら。


 そして最初の廊下に戻ったその時。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る