第75話 大図書館-圧倒

 ディアレス学園が誇る大図書館。別名、知識の深淵。


 その蔵書量はこの大陸で五指に入ると言われているほど。学園の関係者以外にもわざわざ著名な学者、研究者が学園に許可を貰って閲覧に来るくらいらしい。


 ディアレス学園の自慢の一つとのこと。


 その大図書館はディアレス学園の敷地内には無い。入口があるだけだ。体術訓練の際の修練場と同じく、別の場所に存在する。

 故に大図書館に行くにはワープ魔法陣を利用しなくてはならない。

 そのワープ魔法陣は本校舎一階にあり、厳重な警備で二十四時間守っていた。セキュリティーは学園の中でも一、二を争う。それほど貴重なものがある証左だろう。


 大図書館にはこの専用の魔法陣を使うことでのみ行くことが可能だった。

 学園の生徒は教員から大図書館への移動の許可証を発行してもらうことで専用ワープ魔法陣が使用できる。


 今回、予めシャロンから許可証を貰っていたのでこの点は容易くクリアしていた。

 余談だが、ディアレス学園にあるワープ魔法陣及び、その他の魔法陣は全て施錠魔法ロックが掛けられており、学徒のみならず教師ですら容易に魔法陣を描き替えることはできないそうだ。そもそもそんなことをする輩はいないだろうが。


 クレア曰く、既に完成している魔法陣の文字を弄ることは人の家の鍵を針金一本で開錠するようなものらしく膨大な魔法量を持つクレアですら不可能らしい。

 無論、訓練を積めば可能だろうがそれに見合う労力かと言われれば疑問であるし、そもそも魔法陣には施錠魔法以外にも警報や罠の魔法が仕込まれていて不用意に犯意をもった行動をすればそれ相応の罰を追うことになるとのこと。


 この辺りは元居た世界の防犯意識と違いはないな、と思った。


 そんな説明を道中聞きながら、俺、クレア、サリーの三人はワープ魔法陣を使って大図書館に赴く。


 着いてすぐに本特有の少し黴臭い書物の香りが最初に俺を歓迎した。


 そこは黒い絨毯が敷き詰められた場所だった。

 目の前には開いた仰々しい大きな鉄の門、横の壁には金色の燭台が掲げられ蝋燭が煌々と灯を揺らす。

 天井にはこれまた豪奢なシャンデリアがあった。

 どこか高級なホテルを彷彿とさせる場所だ。

 図書館と言われると疑問符が湧く。


 この大図書館がどこにあるのかはクレア、サリー共に知らないらしい。ガイザード王国のどこかにあるらしいがその程度のことしかわからないとのこと。

 セキュリティーの観点から場所は秘匿なのだとか。

 俺がいた世界とは根本的に違う。


『図書室』ではない。大と付いているがここはあくまで『図書館』なのだ。

 俺がいた世界の学校に併設されている『図書室』などここにはない。

 そんなレベルではない。


 開いた鉄の門の奥から垣間見える膨大な、圧倒される本の質量がそれを物語っていた。それはもう脅迫されていると思うほどの量だ。

 自然と圧倒される。


 そんな俺にクレアが「どうしたの?」と聞いてきた。

 絵本が好きだったクレアならまだしも俺は元の世界にいたころから図書と名の付く場所に縁のない男だ。

 だからこそ呆然としていた。


 俺は「なんでもない」と強がりながらクレア、サリーと共に図書館に足を踏み入れる。

 中に入るとまた圧倒された。


 そこは黒を基調とした重厚な場所だった。

 目の前には天高く聳える書架の列。三メートル以上はあるだろう。そこにびっしりと並ぶ本。あまりに整頓されすぎて、逆に現実味がなかった。


 ここは楕円形の部屋だった。

 壁には燭台が置かれ、蝋燭があるが、灯っているのは火ではない。光だ。純粋な光の塊が蝋燭の上で輝いていた。

 これがこの世界のライトなのだろう。


 そしてこれなら本が燃える心配がない。

 それなら何故、ワープ魔法陣がある場所は本物の灯を使っていたのだろうか?


 雰囲気作りか?

 俺はその疑問を一瞬で消し、再び部屋を瞠る。今は考えていても仕方がないことだ。


 部屋の最奥にカウンターがあった。

 そこに金髪の女性が一人で静かに本を読んでいる。恐らく彼女が司書に相当する人物だろう。

 そしてそのカウンターの左右には奥に続く廊下が一つずつ、計二つあった。


 つまり、まだ先があるのだ。

 本当にここが大図書館なんだと思わせる。

 俺は田舎者が大都会に来た時のように、この部屋の光景に圧倒されつつ、クレアとサリーの後を追った。


 二人は既に司書の女性と話しかけている。


「すみません、減退魔法について調べたいのですが」


 司書の女性は読んでいた本を閉じ、俺達をゆっくりと見た。

 縁無しの眼鏡を掛けた美人だ。その眼鏡の奥にある緑色の瞳が俺の視線と交差する。

 数秒見つめ合った。

 俺は少しドキドキする。


「減退魔法ですね。それでしたら、『銀翼の間』の十二番の棚か『灰燼の間』の二十三番の棚にございます。地図は必要ですか?」


 司書の女性は何事もないようにカウンターの引き出しからコピー紙ほどの地図を取り出した。

 サリーが地図を受け取る。


 俺は後ろからその地図を覗いた。そこにはざっくりとしたこの大図書館の内部が記されている。

 地図が必要なほどこの大図書館は広いということだ。その事実にまた驚く。


 それにしてもこの司書、何も見ずにサリーの質問した減退魔法に関する書物の場所を言ってのけた。減退魔法はシャロン曰く、『魔法にもならなかった代物』のはず。それも何十年も前のもの。


 それを記憶していたのか。

 凄い記憶力だ。


 ふと、司書の女性が左手でその地図に光を与えた。魔法だ。

 瞬間、地図に赤い線が走っていく。


 それは目指すべき部屋までの道程を示していた。


「道はこの通りお進みください。では、お気をつけて。もし迷われたり、問題が発生したり、または別の書物が必要になったりした場合は近くの壁にある魔法陣に触れてください。伝令魔法の魔法陣ですので、それでこちらと応対が可能です。またこの図書館にあるものはこの部屋のもの以外基本的に貸し出しできません。よろしいですね」


 マニュアルのような文言だった。

 司書は此方を見ずに機械的に答える。


 サリーは「わかりました」といって頭を下げ、俺とクレアの方を向いた。


「それでは行きましょうか。まずは『銀翼の間』にしましょう。そちらのほうが近いですし」

「わかったわ」

「あぁ、じゃあ行こうか」


 サリーが先導する形で右の廊下へ俺達三人は進む。


 チラリと司書の方を見ると彼女は手元の小さな本を読みだしていた。

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