第78話 VSシャロン

 現在、俺は学長室でシャロンと対峙していた。


 休日でシャロンがいるかどうかは賭けだったが、シャロンはいつも通りこの学長室でふんぞり返っていた。これは僥倖だった。


 雷鳴の如き天啓を得て俺はすぐに図書館を出る。その足でここまで来たのだ。

 クレア、サリーを置いてきたことに罪悪感はあったが、二人には敢えて何も話さずここへ来た。


 全ての決着のために。

 覚悟を持って臨む俺の前でシャロンは動じず優雅に紅茶を飲む。ただ、その瞳の色はいつも以上に暗く澱んでいた。まるで己の心に靄を掛けているようだ。


「どうしたの? 凄く怖い顔をして。今日は大図書館で勉強するのではなかったのですか? そのための許可も出しましたのに」


 いつものシャロンの振る舞いに俺は静かに怒りを覚える。


 だが今はそれを我慢した。


「謀略も騙し合いも化かし合いもいらん! 単刀直入に聞く。シャロン! お前! 犯人のこと……知っていたな?」


 殺意を孕んだ怒りを放ちながらの俺の問いにシャロンは眉一つ動かさない。

 紅茶を飲みながら不遜な態度を崩さなかった。


「どうしてそう思うのですか?」


 シャロンは俺を望む。挑発的な眼だ。

 俺はロビンが教えてくれた雑誌、『マジック・ロジック』を乱暴にシャロンの前に放り投げる。


「そこに減退魔法のことが書いてあった。通常とは違う使い方だ」


 シャロンは一瞥もくれない。

 だが、紅茶を飲むことはやめたようだ。湯気を放つティーカップからついに手が離れた。


「お前がそのことを知らなかったわけがないだろ。クレアの髪飾りに減退魔法の残滓を発見したときに気付いていたんじゃないのか?」


 シャロンはにやりと笑うと立ち上がる。

 優雅に、優美に歩く様はどこか嘘くさい。

 お互い、間合いに入った。


「えぇ。その通りです。既に犯人の目星はついています」

「だったら! 何故! すぐに俺達に教えなかった!?」


 俺の問いにシャロンは大根役者のように天井を仰ぐ。

 その挑発的な態度に俺はブチ切れそうだった。最早我慢するのも限界である。


「そうですね。理由は二つあります」

「二つ?」

「えぇ。一つ目の理由は……ここは学び舎です。生徒達の目的は勉学。つまり……学んでもらいたかったのですよ。自ら考え、学ぶ。それこそ学生の本懐ではありませんか」


 意味がわからなかった。

 シャロンの言葉は全て理解できる。が、意味が一切わからなかった。

 こいつは何を言っているんだ?


「学ぶ……だと? 貴様、正気か? クレアが怪我をしたんだぞ? 危険な目に遭っているんだぞ? 剰え気持ち悪い魔法を掛けられていたんだぞ? それでも学べというのか?」


 怒りでどうにかなりそうだった。

 俺の中から殺意が零れる。


「えぇそうです。これは良い機会です。減退魔法なる過去の遺物をしっかりと体験できたのですから。貴重な経験です。それに自ら大図書館に赴き勉強に励んでいる。素晴らしいことじゃありませんか。教師としてこれほど嬉しいことはありません」


 俺はシャロンの言葉が終わると同時に獣化液を首筋に打ち込んだ。


「獣王武人!」


 一瞬で全身が獣人と化す。

 服は弾け飛んだ。代わりにはち切れんばかりの筋肉と獣毛が身体を覆う。

 氣が全身に漲っていた。

 殺意が爆ぜる。


 一足飛びで俺は距離を詰めた。

 既に間合い。一撃で決められる距離だ。


「貴様ぁぁぁあああ!」


 殺意と怒りに任せて右手に氣を込め、降り下ろした。

 シャロンは右手を翳すだけ。


「落ち着きなさい」


 その一言で俺は吹き飛ばされる。


「ぐは!」


 学長室の壁にぶつかり、床を転がった。同時に情けない声が出る。

 それでも闘志は折れていない。

 すぐさま立ち上がり、攻撃を続けようとした。


 だが、できなかった。


「がぁ!」


 天井より無数の特異な形の刃が降り注ぎ、俺の身体を固定する。その刃は宛らホッチキスの針のような形で俺は惨めにも地べたに固定されてしまった。


「シャロン!!」


 負け犬の遠吠えなのはわかっているがそれでも俺は叫ばずにはいられなかった。

 何もできない苛立ちで身体を動かすも吠えること以外できなかった。


 氣術でもどうにもならない。

 この刃自体に魔素が通っていないからだろう。


 魔法の副産物及び、魔素が通っていないものには氣は効かない。

 俺は自らを戒めるこの拘束具に対して為す術がなかった。


 それは屈辱だった。

 

 力量差はわかっていた。

 悲しいほどの力の差。気合や根性では到底覆らない圧倒的な差。それでも獣王武人なら、或いは……そんな稚拙な思いは一瞬で崩れ去ってしまった。


「もう一度言います。落ち着きなさい。アイガ」


 シャロンはゆっくりと俺の眼前に来る。

 魔法で破れた服を再生させ這いつくばる俺の背中に掛けた。

 

 惨敗。

 その二文字が俺の脳裏を埋める。


「一旦、それを解除なさい。そうすれば変身時の体格さの問題でその楔から抜け出せますよ」


 逡巡した。

 だが結果、癪だが俺はシャロンの言う通りにする。


「丹田……閉塞……」


 祝詞を唱え、俺の身体は元に戻った。

 楔の隙間から手足を引き抜き、敗残者として服を纏い、生き恥をさらすようにその場で項垂れる。


「まぁ、クレアさんは王都護衛部隊を目指す者。この程度の試練越えてもらわなくてはなりませんわ」

「貴様……」


 俺の怒りはまだ消えていない。

 殺気を放ちながらシャロンを見上げた。


 獣化液が無くても一撃入れれば俺にも勝ち目はあるはずだ。

 その思いが右手に氣を集約させた。


「何度も言わせないで。落ち着きなさい。畜生でも勝てない相手には挑みませんよ」


 怒りに震える俺を楽しむかのように見据えるシャロンの目が、顔が、俺の殺意をさらに増幅させる。

 刺し違えても……否、それが無理なのはわかっているが……どうしても一発殴らなければ気が済まなかった。


「さて、虐めるのもここまでにしましょうか」


 突如、シャロンの纏う空気が変わった。

 その変化に俺は少したじろぐ。


「もう一つの理由を説明します。というか、こちらが本心です。そしてこれはお二人に説明した方がいいでしょうね」


 そう言ってシャロンは指を鳴らした。

 同時に学長室の扉が開く。


 そこにいたのは……

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