第72話 疑問点

 シャロンは自分のティーカップに新たな紅茶を注いだ。

 どこからともなく現れた白亜のポット。それから注がれる紅茶の音が静かな学長室に響き渡る。

 ティーカップからは湯気が揺蕩い、仄かな甘い匂いが広がっていった。


「お代わりはいりますか?」


 シャロンの問いに俺は首を横に振った。クレアも、だ。

 シャロンは小さく「わかりました」と呟く。

 紅茶のポットは何もない空間へと消えた。


「さて……続きを話しましょうか」


 シャロンの一声で俺は気持ちを切り替える。

 そうだ、まだやるべきとはあるんだ。


「クレアさん、その髪飾りはどうやって入手されましたか?」

「え? え……と……」


 クレアは暫く考え込んだ。それは記憶の旅をしているようには見えず、何か迷いがあるように見えた。

 やがて考えがまとまったのか、それとも覚悟を決めたのかクレアはゆっくりと深呼吸をした。


「サリーが入学祝に買ってくれたものです」


 サリーが贈ったもの。だからクレアは逡巡していたのか。つまり……いやまだそう判断するのは早計だ。


「いつ、どうやって入手したのか詳しくお聞かせください」


 クレアはもう一度深く息を吸う。


「去年の終わりにレクック・シティの雑貨店で買ってもらいました。逆に私は彼女に青い髪飾りを贈っています。お互いに買い合ったので。私が贈ったのは少し形が違うものですが同じ店で購入しています」

「お店の名前は?」

「ハーレー雑貨店です」

「わかりました……後ほど調査団に知らせますがよろしいですね」

「はい」


 シャロンはクレアの話を一語も漏らさぬよう、魔法で紙にまとめている。人差し指が輝き紙にインクのように光が綴られていた。


 クレアの顔がまた青くなっていく。

 俺は無意識にクレアの震える手に俺はそっと手を重ねた。


「アイガ……」

「大丈夫だ」


 照れ臭さはない。それが正解だと俺は思っていたから。

 クレアは俺の手を握り、力強く頷いた。


「さて、その髪飾りですが……何回ほど使われましたか?」

「え……と……もらった日と……入学式と……アルノーの森の三回です」

「三回……ですね」


 シャロンはそこまで聞くと、椅子の背凭れに全身を委ね天井を見上げた。

 少しの沈黙。


 だが、もうクレアは震えていない。覚悟を決めたのだ。


「現状……減退魔法を髪飾りに施したのはサリーさんが第一候補ですね」

「おいシャロン!」


 シャロンの決めつけるような発言に俺は立ち上がりそうになる。

 俺もサリーのことを疑ったはずなのに。何故か心に怒りが去来した。それは自分でもわからない、また制御できない感情だった。


 しかし、クレアが俺の手を引き、黙ったまま顔を横に振る。

 クレアの決意に敬意を表し、俺は怒りを呑み込み座り直した。


「慌てないでくださいアイガ。あくまで第一候補ですよ。それに第三者がクレアさんの知らない所で仕掛けた可能性だってあるのですから」

「そんなことができるのか?」

「クレアさんは才能あふれる魔法使いですからね。可能性は低いです。が、無いとも言い切れません」


 俺は髪飾りの破片を改めてみる。

 最初、この髪飾りはだいたい十センチ程度の大きさだった。今は半分くらいである。

 この髪飾りに減退魔法を施すのか……


「どうやって?」

「え?」

「はい?」


 おっと、つい心の声が漏れてしまった。


「どうやってて、どういうこと?」


 俺が不意に漏らした言葉にクレアが首を傾げる。


「いや、どうやってこの髪飾りに魔法を施したんだろうかって……魔法陣をこの髪飾りに直接書くのかなぁ~って」

「あぁ、そういうことか。魔法陣を対象の物体に施す方法はいっぱいあるけど直接書くならいくらなんでも私だって気づくわよ」

「そ……そうだよな」


 俺の無知さがここで露呈してしまう。


「対象物に直接魔法陣を描かなくても、予め書いておいて後から対象物に写す方法がありますからそちらを実行したのではないでしょうか?」


 シャロンは教師らしく説明した。

 あぁ、成程、俺はてっきり魔法陣を直接書いたかと思っていたがそういうやり方もあるのか。

 イメージとしてはプリントシールといった具合か。


「ん?」


 また脳味噌に疑問が浮かぶ。


 直接写す?

 書くのもそうだが、クレアほどの人間が髪飾りにそんな細工をされたことが気付かないのか?


 自分の持ち物なのに。

 自分の……


 疑問が何かの形に変わろうとした。

 しかし、それはあと少しということで消えてしまう。


 俺は只々目の前の髪飾りを眺めるだけだった。

 気色悪い敵の魔法の残影が刻まれた髪飾り。


 この髪飾りを見ていると薄っすらと心に残る憤怒が沸々とまた燃えていく。それはやがて煮え滾る殺意となって俺の心を駆け巡っていった。

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