第66話 タイムアップ

 クレアの炎がゴードンに向かって発射される。

 

 凄まじい熱風が吹き荒んだ。

 ゴードンは防御のために炎の魔法を放つ。

 しかし、その炎を飲み込んでクレアの炎がゴードンを煽った。まるで箒で掃うように。

 

 できる限りダメージを与えないようにしてくれたのだろう。

 クレアが調整してくれたのだ。


 この場においてそのような細やかなことができるのは流石である。


 そして、その攻撃によって空中に浮かんでいたゴードンは地面に落ちた。しかも受け身も取らずもろに足から落ちてしまう。


 あれでは最悪骨折をしていてもおかしくない。

 それに落ち方が変だ。

 人の意思が介在していないような落下の仕方だった。


 悲鳴を上げるわけでも、受け身を取るわけでも、本能的にそれに近いことをしそうなのに、無表情のまま落ちていく。


 まるで人形のようだった。

 痛みもないのか、そのまま顔色一つ変えずに立ち上がるゴードン。依然としてその視線は俺に向けられている。


「彼も炎の使い手みたいだけど、同じ炎ならより火力の高い私が勝つわ」


 クレアの右手に赫灼の炎が宿った。


「待ってくれ、クレア。ゴードンの様子がおかしい。何かあるかもしれん」

「でも……」


 俺がクレアに話しかけた時、ゴードンが再び動き出す。

 また無数の炎の魔法陣が生み出された。


「ちぃ! 話す時間すら与えてくれないのか……」


 俺が逡巡する中、クレアの右腕から炎が消える。


「え?」

「タイムアップね」


 クレアがそう呟いた瞬間、ゴードンの周囲に五人の大人が空中より現れた。

 その中にはデイジーもいる。

 教員達が騒ぎを聞きつけ駆けつけたようだった。


「何をしている! ゴードン! これはどういうことだ!」


 デイジーの言葉にゴードンは何も反応しない。


「オークショット家ともあろうものが……」


 一人の教員がそう言った瞬間、ゴードンはその相手を睨み、右手を翳した。

 炎の魔法陣が煌めき、そこから火炎が飛び出す。


 しかし、デイジーがゴードンを組み伏せた。炎は虚しく消え失せる。

 地面に抑えつけられるゴードン。

 だが呻き声一つ漏らさない。


「貴様! 何をしているのかわかっているのか!」


 デイジーがゴードンの右手を勢いよく捻った。他の教員たちはゴードンが暴れださないよう一定の距離を保っている。

 緊張感が走った。


 だが……

 不意に殺意が途切れた。あれほど背中まで凍てつくような凄まじい殺意が忽然と消えたのだ。

 それに合わせてゴードンの意識も消える。まるで電源が落ちたように。

 周囲の炎の魔法陣も消えていく。


「おい! ゴードン! おい!」


 腕を押さえているデイジーやほかの教員達も慌てていた。


 誰も何もしていない。デイジーですら抑えているだけだった。

 どこにも意識を奪うような攻撃などなかった。それなのにゴードンは突然気絶したのである。


 すぐにデイジーはゴードンの腕を解放した。

 頬を軽く叩くがゴードンは起きない。反応しない。


 その場にいた教員たちもお互いに顔を見合わせ困惑しているようだった。

 暫くして二人の教員がゴードンの肩を担ぎ、そのままどこかへ連れて行ってしまった。


 急転直下の事態に俺とクレアは呆然とするしかない。

 そこへデイジーがやってくる。


「何があった? これはどういうことだ?」

「俺にもさっぱり……いきなり攻撃されたんで。ただ……以前喧嘩した時とは違う尋常じゃない気配を感じましたが……」

「彼の言っていることは本当です。私達は襲われただけです」


 クレアが力強く進言してくれた。


 デイジーは辺りを見渡す。

 周囲の光景は俺達の証言を証明するかのような悲惨な状態だった。


「そうか……うむ。しかし、事情は聴かねばならない。悪いが後で職員室に来てもらう。まずは怪我の治療だ」


 デイジーが俺の肩の傷を診ながらそう言うと他の教員達の方へと戻る。


 俺の左肩からは今も血が流れていた。が、見た目ほどの怪我ではない。

 腕は動くので骨や筋肉にダメージがないことは確認済みだ。


 クレアが心配そうに見つめる。

 俺は「大丈夫だ」とダメージを受けた左肩をぐるぐる回した。


「余計心配になるからやめて。ほら医務室行こ」


 クレアに促され俺は医務室へと向かう。

 道中、俺は心に残る何かに気づく。


 何だ、これは?

 この感覚が気になる。


 ゴードンと最初に戦った時や魔獣と戦った時とは違うヘドロのようにへばり付く不可思議な感情。


 それが心に張り付き、不快感を与えていた。

 だが、その正体は結局わからなかった。


 俺はゴードンの炎の惨劇を眺める。花は燃え、水は穢れ、遠くでこの戦いを見ていた生徒達が怯えていた。


 これが魔法。これも魔法なのだ。

 そんな思いが俺の心に広がっていった。

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