第65話 急襲
トライデント・ボアの騒ぎ以降、学校にいなかったはずのゴードンがそこにいた。
しかも尋常ではない殺意を伴って。
そう、殺意の正体は彼だったのだ。その右手からはなにやら湯気のようなものが揺蕩う。宛ら銃口から漏れる硝煙の如く。
やられた肩の傷が疼く。
ゴードンの殺意に呼応するかのように。
どういうことだ?
これほどの、肌を焼くような殺意を一介の学生であるゴードンが放てるというのか?
俺の頭に疑問符が沸く中、クレアが俺の前に立つ。
「ちょっと! 何なの、貴方! アイガが怪我したじゃない!」
怒り任せにゴードンに近づくクレアを俺は彼女の肩を持って静止した。
「待て! クレア!」
「ちょっと! なんで止めるのよ? 明らかに攻撃されたじゃない!」
「あいつは俺と同じクラスのゴードンってやつだ。ゴードン・オークショット……だ」
「同じクラス? オークショット? あれどこかで聞いた気が……」
俺は並々ならぬゴードンの気配に少し慄いている。明らかに違うのだ。
俺が挑発し喧嘩になったときの憤怒ではない。
俺に負け敗北を噛み締めていたときの悲哀でもない。
純粋な殺意だけが凝縮されていた。
それは明らかに異質。
だからクレアを巻き込みたくなかった。こんな危険な場所に彼女を置いておきたくなかった。
「クレア、悪い。話はあとだ」
「え?」
「こいつは俺に用があるようだ。それに嫌な予感もする」
クレアの前に立ち、俺は上着のローブを脱いだ。
「ちょっと! 戦う気!? ていうか彼、明らかにおかしいわよ。目が……普通じゃない。先生呼んできた方がいいよ」
クレアの言う通り、ゴードンの目は血走り危うい光を放っている。普通なら逃避が得策。
しかし時間がなかった。加えて目の前のゴードンが簡単に俺を見逃すような失態を犯すようにも見えなかった。
一瞬の間があって、ゴードンが動く。
無詠唱で彼の周りに魔法陣が幾重にも張り巡らされた。瞬時に空間や地面に黒い炎で魔法陣が描かれていった。
「丹田開放! 丹田覚醒!」
一気に『魔人の証明』と『氣術』を発動する。
俺の腕にあの刺青が現れ、クレアが驚いた。
だが、今は目の前のゴードンに集中しなくてはいけない。
俺は一気に駆け彼我の距離を潰す。
「宵月流奥義! 月齢環歩! 『三日月』!」
俺の左廻し蹴りはゴードンの右足を狙っていた。
できるならこれで行動不能にして終わらせたいが。
ゴードンはジャンプして躱す。
初撃は失敗だ。
俺は急いでゴードンを見上げる。
驚くことに彼は十メートルほども跳んでいた。強化魔法と何かほかの魔法も組み合わさっているようだ。
空振りした蹴り足を即座に地面に置く。
次いで拳に氣を蓄えた。一応、氣の量はかなり少なくしている。当たれば動きを封じる程度。
ただ生死を掛けた戦いの中での氣の微調整は正直骨が折れる。
ゴードンはそんな俺の気持ちなど露知らず、上空で魔法陣を張り巡らせた。
そこから降り注ぐ幾万の炎の矢。
「ちぃ!」
全て躱すのは不可能だった。
取れる手段は二つ。
被弾覚悟で致命傷を避けるか、獣王武人による防御アップか。悩むまでもなく前者を選んだ俺は両手でとりあえず顔だけをガードする。
そこへ俺とゴードンの間に突如として魔法陣が描かれた。
その魔法陣によって炎の矢は全て防がれる。
「大丈夫!?」
クレアだ。
彼女が防御魔法を張ってくれたようでそのお陰で俺には一本も命中することはなかった。
ただ、外れた炎の矢が中庭に降り注ぐ。
花壇の花は燃え、噴水の水は黒く濁った。
美しい景色が一瞬で穢れ、焦げ臭い臭いが立ち込める。辺りには小火までできていて昼休みの情景がどんどんと無くなっていった。
中庭はまだ微かに人がいたがこの騒動で悲鳴を上げながら逃げていく。
ただ彼らに怪我はないようだ。ゴードンも追従する気はないらしく俺から視線を外さない。
そんな中、クレアが怒り心頭の面持ちで俺の下へ走る。
「すまん、助かった」
「いいわよ。それより彼、流石に冗談じゃすまないわよ。今の魔晶魔法陣だからね」
「魔晶? 魔法陣?」
聞きなれない言葉だ。
クレアは指を鳴らす。
俺とクレアの周りを魔法陣が幾重にも張られていった。
これらは、防御魔法陣だ。無知な俺でもそれくらいはわかる。
「魔晶魔法陣っていうのは魔法の『現象』によって魔法陣を描くことよ。私がハンマー・コングを斃した『火に舞う蛇』……火の魔法、覚えている?」
「勿論」
俺は頭の中であの激闘を思い出す。
紅蓮に燃え盛る大蛇がハンマー・コングを一飲みにし、灰燼へと変えたあの強大な魔法。
「アレも魔晶魔法陣。私が銃の弾痕という魔法の『現象』によって魔法陣を描いた技なの。魔法使いは己の魔法の『現象』で魔法陣を描いて魔法を発動すると威力と速度がアップするのよ。まぁ消費量が跳ね上がるし細かい調整とかあって普通の魔法とは一長一短だけど戦闘特化の魔術師がよくやる技の一つよ」
クレアは説明しながら別の魔法陣を構築した。その魔法陣が空間に張られていく。
「彼は炎の燃える『現象』を用いて魔法陣をくみ上げている。この炎の矢はオーソドックスな中級魔法、『焔の
「共鳴?」
「言い方は悪いけど、下級の魔法使いの人がたまにやる魔法の力を増加させる技のことよ。同質の魔法を二つ以上発動してそれぞれの魔法をパワーアップさせるの。ただ、上級者ほどやらない子供だましみたいなものよ」
俺へのレクチャーを終えてクレアは再び指を鳴らした。
瞬間、空中の魔法陣から火柱がゴードンに向けて放たれる。
煌々と燃え盛るその炎は宛らクレアの怒りを具現化しているようだった。
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