第64話 用意した嘘

 ホームルームの終わり。傾いた太陽の斜光が窓から見える地面に長い影を生む。


 今日もゴードンは休みだった。

 流石に心配になる。


 デイジーの話によると病欠らしいが詳しくは不明とのこと。彼女も心配しているのか明日来なければ見舞いに行くと言っていた。ずる休みなのかどうかも含めて確認するつもりらしい。


 俺もこのままではいけないと思っている。蟠りがまだ残っていた。それがどうにも気持ち悪い。どこかのタイミングでゴードンに会いたいものだ。そしてこのシコリを取り除きたい。


 取り巻きの二人はゴードンがいないからか静かだ。が、このままというのも後味が悪い。時折恨めしそうに俺を睨むこともある。

 しかし戦おうという気はないようなので俺としては問題にしていなかった。


 放課後を告げるチャイムが鳴る。それと同時に俺は教室を出た。正確には逃げたのだ。


 実は教室に戻ってからずっとクラスメート達に『クレアとはどういう関係なんだ』と質問攻めにあっていた。先程も殆どの人間の視線が俺に集中していたのでこれはマズいと思い急いで教室を飛び出した次第である。

 別に隠す必要はなかったが、クレアと俺が異邦人だということを他の人間に言っても良かったのか確認をとっていなかった。


 そのため昼休みは『昔の知り合い』ということにしておいたのだが。ロビンも口裏を合わせてくれた。


 皆、何故かそんな適当な答えに納得する。

 俺が魔獣を斃したところを見ていたので『クレアの知り合いなら当然か』ということになってしまっていたようだ。


 すると次は『いつから知り合いなのか』『何故この前クレアを泣かせたのか』など矢継ぎ早に違う質問が飛んできた。二つ目の質問に関しては俺も知りたいくらいだ。


 クレアにそのことを聞くのが怖くなり有耶無耶にしているが、そういった俺のデリケートな部分も突っついてくるので疲れたのである。


 さてさて、クラスメート達の対応も考えなければ。それと置いてきてしまったロビンにも明日謝らねば。自分一人脱出するので精一杯だったのだ。

 彼が変なことを言うわけがないが、もしロビンが何か話したとしても俺は怒らないだろう。それほどまでに俺はロビンを信頼していた。


 さて、問題は……クレアにどう嘘を繕うか、だ。校舎を歩きながら急ごしらえのシナリオを頭で考え直す。


 一応、筋道だけはある程度考えていた。

 嘘は全て嘘にするとばれ易い。一部に真実を織り交ぜシナリオを作ることで完璧な嘘になる……はず。


 俺は自分に大丈夫だと言い聞かせながらクレアの待つ中庭へ向かう。


 外に出てすぐ花壇の近くにあるベンチに腰掛ける彼女を見つけた。

 赤銅の髪が靡き、青い空の色に良く映える。

 一挙手一投足が美しい。見惚れるほどに。


 俺が近づくとクレアが気づいて立ち上がった。


「良かった。来ないかと思ったから」

「そんなこと、俺がするわけないだろ」


 そう言いながら逃亡も考えなかったわけじゃない。少し見透かされたかと思ってドキドキしている。


 ただクレアと会うのに必死でこの学園まで来たのに彼女を前にして『逃げる』という選択肢はどうしても取れなかっただけだ。


「まぁいいや。それじゃあアイガ、行きましょうか」


 クレアは俺の腕を掴んで歩きだす。


「行く? どこに?」


 てっきりここで話し合いをするのかと思っていたので俺は少し狼狽した。


「ここで話すような話じゃないでしょ。シャロン先生のところ。そこで聞くわ。アイガのことだから嘘吐くかもしれないし」


 まずい!

 完全に俺の手の内がばれている。シャロンの前だと!?


 それは最悪だ。

 シャロンのことだから適当に話を合わせられるかもしれないが、俺が困る。


 あの女に借りを作りたくない。そもそもシャロンと話が合わない可能性だってあった。


 動揺が広がる。

 想定外のこの状態では嘘など吐けるはずもない。


「別にここでいいんじゃ……」

「ほら、慌ててる。アイガのことだから絶対嘘吐くでしょ。シャロン先生もどうせ一枚噛んでいるだろうし。まとめて話聞いた方が早いじゃない。さぁ行きましょ」


 少し怒っているのか迫力に凄みが増す。もはや従うしかない。

 俺の脳裏に諦念がよぎった。


 はぁ、まさかこのような事態になるとは……

 考えていたシナリオは脆くも崩れ去る。脳味噌が急ピッチで別のプランを捻り出そうとした。


 その時だった。

 俺は反射的に後ろを振り返る。


 寒気を感じたからだ。それもただの寒気ではない。これは殺意。

 獣が獲物を狙うような本能に基づく殺意ではなく、人が人を殺そうとする純然たる殺意。


「どうしたの?」


 俺のただならぬ気配を感じてクレアが訝しがる。

 俺はクレアを守るように構えるが、敵の場所までは把握できない。それでもまだ殺意は放たれていた。

 ここまで凶悪で強烈な殺意は初めてだ。


 冷や汗が頬を伝う。

 沈黙が流れた。

 不意に噴水の水が噴き出す。


「え?」


 その飛沫の中から何かが飛び出し俺の左肩に直撃した。


「ぐぅ!」


 弾け飛ぶ俺。

 肩から鮮血が飛び散る。


「アイガ!」


 俺は地面を転がりながら素早く立ち上がった。

 クレアが急いで駆けつける。


「大丈夫!? アイガ!?」

「少し肩を抉られただけだ」

「え!?」


 クレアが心配そうに俺の肩を見ていた。

 そこへ現れる敵。

 噴水の影からゆっくりと現れたのは……


 ゴードンだった。

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