第63話 歓談

「いえ……クレア様がいつも仰っていた殿方がどのような方なのか、と思いまして」


 途端に鋭い視線が消え、挑発的な笑みを浮かべるサリー。


「ちょ! ちょっとサリー!」


 クレアが慌てていた。

 サリーはそんなクレアを楽しむように笑っている。


「いつもどんなこと話してました?」


 俺がサリーに聞くとクレアの顔がリンゴみたいに赤くなった。


「ここでは敢えて秘密とさせて頂きますが……私は常に嫉妬していましたよ」


 サリーは意味あり気な微笑をクレアに向ける。一方でクレアはさらに顔が赤くなって湯気まで噴き出していた。

 一体何を言っていたのだろうか。気になるところだ。


「あの……いいですか?」


 俺達の会話にロビンが遠慮がちに入ってきた。


「クレアさんとアイガ君ってお知り合いなの?」


 そうか、ロビンにはまだ話していなかった。

 俺はクレアに視線を送る。


「話していいのか?」


 クレアの顔はまだ少し赤いが、表情は戻っていた。


「え? あぁ、別にいいわよ。サリーはもう知っているし。ていうかアイガは話してなかったんだね」

「この間、この学園に来たばかりだからな」

「あぁ、なるほど。じゃあ、私から話すわね。私とアイガは異邦人なのよ。元々同じ世界の出身で……幼馴染……みたいなものだったの」

「えぇ!」


 クレアの言葉にロビンが口を開けて驚いた。

 自分の大声を手で咄嗟に抑えるが時すでに遅し。中庭にいた生徒の視線全てがこちらに向いている。


 尤もクレイジー・ミートを食す辺りから注目はされていたのだが。

 ロビンは慌ててペコペコ皆に頭を下げた。


「ほんとなの!? アイガ君!」


 椅子に座り直すロビン。その目は昨日の魔法陣の説明を行っているときくらい輝いている。


「あぁ、まあな」


 ロビンの視線に俺は少したじろいでしまった。


「凄いや、僕初めて異邦人の人と会ったよ。だからアイガ君はあんなに強いんだね。魔獣を素手で斃していたし」

「え? 貴方が魔獣を斃した方だったんですか?」

「素手? アイガ、アレは使ってないの?」


 ロビンは異邦人の俺に興味津々、サリーは俺が魔獣を斃した事実を知らなかったみたいで、クレアは獣王武人を使っていないことを聞いてくる。

 場が混沌と化した。


「俺は異邦人だけどそんな特別な才能は持っていないって。ただの凡人だよ。それと魔獣を斃したのは俺だが、素手って言っても強化魔法は使ったし近くにデイジー先生もいた。あくまで安全圏の戦闘だから。あとクレア、アレは使ってないよ」


 俺はやや早口になりながら説明する。

 ロビンやサリーの質問はいいがクレアの言うアレ、即ち獣王武人のことはまだ隠しておきたかった。できるだけ秘密にしておきたい。

 化け物への変貌はおいそれと発表するには重すぎる話なのだから。


 俺はロビンとサリーに気づかれないようクレアにウィンクする。

 クレアはそれを見て理解してくれたのかコクリと頷いてくれた。


「しかし素手で魔獣を斃すとは。クレア様と同じ異邦人の方なだけはありますね。それにしてもクレア様の言うアレとは何ですか? 気になります」


 サリーの質問に俺は固まる。

 さてどうやって返そうか。


「まぁいいじゃない、サリー。私と似たようなものよ、アレって」


 クレアの言葉にサリーは「成程」といって納得してくれた。良かった。

 しかし、クレアの『私と似たようなもの』とは一体。今度はそれが気になった。


 ただ、ここで深堀りするわけにもいかず俺は笑いながら流れを変えるため色々と話を振ってみる。


「ところでサリーさんはいつからクレアとお知り合いに?」


 その質問にサリーは意気揚々とまるで吟遊詩人のように抑揚をつけて流暢に語り始めた。話が上手いからか情景が事細かに浮かび上がる。多少詩的な表現もあったが、それはアクセントとなり話は盛り上がった。


 俺の知らないクレアの思い出。それはとても感慨深いものだった。


「そこで私がクレア様に挑み、敗北して天狗の鼻を叩きおられましたの。それから長い付き合いですね」

「恥ずかしいな。あの頃の私は少しおかしかったからなぁ~」

「そんなことはありませんわ。でも修行僧のようにストイックなクレア様も素敵でしたよ」

「もう~揶揄わないでよ」


 クレアとサリーのガールズトークが眩しかった。

 それ以上にクレアがこんなに笑顔でいてくれて心の底から良かったと思っている。彼女は向こうの世界にいた時の学校生活を『地獄』と表現していた。それほど辛い毎日だったのだ。


 クレアは虐められていた。それも凄惨に。

 俺が彼女を守れたのは極僅か。俺の知らない場所で彼女は虐めを受け続けた。俺の力が足りず守り切れなかった。


 だからクレアを追い込んでしまった。

 そんなクレアがこんな楽しそうに友達と話をしているだけで涙が出そうになる。俺は自分のことのように嬉しかったのだ。


 サリーには感謝してもしきれない。これからもずっとクレアの良き友人でいてほしい。

 そしてあっという間に歓談の時は過ぎる。


「そろそろ昼休み終わりますね」


 サリーは懐中時計を取り出し時間を見た。


「そうだね。今日は楽しかったわ。またねアイガ、ロビン君」

「また? またいいんですか?」


 ロビンが再び目を輝かせる。


「いいわよ。もう友達でしょ」


 ロビンは声も出ないくらい驚いていた。今日彼は一体何回驚いているのだろうか。


「友達……いいんですか?」

「いいってば。それに同級生なんだからタメ口でいいよ。サリーはずっとこの口調を直してくれないけど他の同い年の人から敬語使われるのはしんどいわ」

「私の場合、これが一番楽なのです。それに私に対しても敬語は必要ありません。タメ口……とやらで大丈夫ですわ」


 クレアとサリーがそう言ってくれるなら、ということで俺はサリーに対して、ロビンは二人に対してタメ口で話すことになった。

 まぁ友人なのだから当たり前といえば当たり前か。


「じゃあアイガ、ちゃんとアレのこと……教えてね」


 帰る間際クレアが俺に耳打ちした。

 釘を刺された俺は軽く頷く。


 そして俺達はそれぞれの教室へと戻った。


 さて、どこを嘘で繕い、どこを正直に話すか。俺は悩む。これが当面一番の問題なのだから。

 口に残ったクレイジー・ミートの残滓も忘れるくらいに俺は迷い悩む。

 

 そんな中、午後を告げる風が俺を嘲笑うように吹き抜けていった。

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