第62話 漸く実食

「クレア!? どうしてここに?」


 クレアは満面の笑みだった。

 昨日のことが嘘のようだ。


 あの絶対的な拒絶。

 あれはなんだったんだろうか。結局昨日はその点を聞けていない。というかあまり聞きたくないとも思っている。


「一緒にご飯食べようと思って。中庭にいかない?」

「OK! すぐ行くよ!」


 クレアが笑顔でいるならそれで一番だ。

 頃合いの良きタイミングで、俺がまだ納得していないならその時に聞けばいい。


 そんなことを考えつつ俺はそのまま二人について教室を出ようとした。


 そこへロビンがやってくる。


「あの……」

「どうしたロビン?」


 ロビンは緊張しているのか、少し表情が固い。手には鞄を持っていた。

 そこから見覚えのある銀紙の包みを二つ取り出す。


「あの、これ」


 それはあのクレイジー・ミートだ。


「これって!?」

「なんか昨日、アイガ君おかしくなって手から落としたのを地面に落ちる前にキャッチしたんだ。なんか食べられる雰囲気じゃなくなったから、とりあえず持ってたんだけど。今日も調子悪そうだったし、もしダメそうなら渡すの止めておこうと思ったんだけど……今ならいいかなって……」

「いやはや……ありがとう! ロビン」


 俺はロビンに深く感謝する。彼の顔も笑みが溢れ表情が柔和になった。

 その後ろでクレアが目を輝かせている。


「ねぇねぇ、それってクレイジー・ミートだよね! 私食べたい!」

「いいよ。じゃあ、食べるか。ロビン、お前も一緒に来ないか?」

「え? いいの?」


 ロビンは驚いたようだ。

 俺はクレアとサリーに視線を送る。


「私は全然いいよ。一緒に食べましょ」

「私はクレア様が良ければ、それでいいです」


 と、いうことなのでロビンも加えて四人で中庭に向かうことになった。

 道中、クレアが俺に耳打ちする。


「アイガ、右腕大丈夫?」

「あぁ、しっかり治ってるよ」


 俺の右腕を触って無事を確認したクレアはほっとしたのか胸を撫でおろした。


 そんなこんなで中庭に出る。


 この学園に来た時にも思ったがここの中庭は本当に広い。

 中央にある噴水の周りには色鮮やかな花壇があり、お洒落なテーブルやベンチが多数置かれている。まるでカフェのようだ。


 そこには既に何人かのグループがいて、購買部で買ったらしきパンや弁当を広げて楽しんでいた。


 俺達は空いていたテーブルに腰掛け、クレイジー・ミートを取り出す。

 既に熱は無くなっているが、ロビンが言うにはまだ食べられるはずとのこと。この銀紙も魔導士が作ったものらしく鮮度を保つことに長けたものらしい。


 まぁ、見た感じは腐っていないし、腐っていたとしても食えないこともないだろう。

 俺はロビンの了解を得てクレイジー・ミートを二つとも二分割する。それを四人で分けた。


 そしていざ、食べようとした時。


「あ、待って。皆、クレイジー・ミートをここに置いて」


 クレアがクレイジー・ミートを包んでいた銀紙を広げそこにクレイジー・ミートを置くように指示する。

 不思議に思いながら俺がそこに置くとロビンやサリーも置いていった。

 クレアも自分の分をそこに置き、その上に手を翳す。


 すると、クレアの掌から赤いオーラのようなものが現れ、同時に少し温度が熱くなった。魔法だ。


 数秒して、クレアが「いいよ」と言って手を戻す。

 俺は自分のクレイジー・ミートを取り上げた。驚くことに冷えたパンがふっくらして手に入れた時と同様ホカホカになっているではないか。

 あの爆発的な匂いもどことなく戻ってくる。


「流石に焼き立てとまではいかないけど、まぁオーブンで温めなおしたくらいにはできていると思うから」

「凄いな! クレア」


 クレアは笑顔で「いやいや」と照れているが本当にこれは凄いことだ。この世界にきてよもや冷えたものを再び温めて食べられるとは思っていなかった。


 俺は温められたクレイジー・ミートを頬張る。

 刹那、口に絨毯爆撃が起こったのかと錯覚した。


 強烈な肉の旨味が口に広がると同時に芳醇なチーズと絡み合うソースのうねりが肉の旨味に拍車をかける。

 そこへさらにパンのしっとりとした食感と野菜の歯ごたえが重なって口の中がダンスホールのように華やかになった。

 それでいて全くくどくない。


 中毒という言葉の意味が分かった。

 一口食べただけで確かに虜になるほどの旨さだ。

 さらに噛むごとにその衝撃が増していく。


 決め手はバランス。

 全てが黄金比率の如きバランスなのだ。

 完全に計算されつくしたバランスで構成されたクレイジー・ミートに死角はない。生徒達が暴徒になるほど求める理由がやっとわかった。


 全員が笑顔になる。

 その言葉の真の意味を理解できた。


 それにこの味……どこか懐かしさもある。

 なんだろうか?

 記憶を辿ると、そこに微かに感じる懐かしさが顔を出す。それなのにそれは漠然とした姿しか見えない。正体がわからない。

 あと少し。あと少しでわかる……ような気がする。


 結局、考えてもわからなかった。

 しかし、旨い。只管に旨い。


 クレイジー・ミートの匂いで周囲に羨望が渦巻く中、食事を終えた俺は至福に浸っていた。

 思考は消え、今はこの幸福な満腹に身を任せる。


 その時、不意にサリーが俺の顔を覗いていることに気付いた。


「え……と……何か?」


 その視線は狩人が矢で射貫くような、獲物を狙う猛禽類のような鋭さを持っていた。

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