第61話 睡魔との攻防

 アルノーの森でアサルト・モンキーと死闘を繰り広げた次の日。

 俺は最強の敵と戦っていた。

 それはある意味でアサルト・モンキーなど比にならず、いかなる力を用いても勝利が見えぬ敵だった。


 睡魔だ。


 凶悪なまでの睡眠欲が俺の瞼を封印しようと試みる。抗い続ける時間はまさに苦痛。歯を食いしばり、己の手を抓み、足を踏み、時には頬の内側の肉を噛んで、眠らぬように努めてきた。


 さらに休み時間の度に新鮮な空気を取り入れて何とか目を見開く。


 しかし限界。

 この戦いに敗れるのは時間の問題だった。


 最早瞼は重力に忠実で、自我のコントロールから離れている。

 敗北へのカウントダウン。


 だがあと少しだ。あと少しで昼休みなる。

 そうなればこちらのもの。


 そこで仮眠しよう。そうすれば何とか今日は乗り切れるはず。

 微かな希望が俺に最後の力を振り絞らせた。


 昨夜、寮に戻ったのが深夜十二時過ぎ。

 あのあとクレアと別れた俺は彼女に医務室に行けと言われていたが、面倒だったのでそのまま自室へと向かった。


 そこにクレアが走ってきたのだ。

 曰く、俺が医務室に行かないかもしれないから、と。


 女の勘なのか、心配性なのか、どちらにせよクレアの予想通りだったため俺は彼女に怒られながら学校の医務室へと強制連行された。

 骨折は既にクレアの魔法で治っていたのはわかっていたし、それ以外の傷など擦過傷くらい。まぁ骨が見えるほどの傷もあったが殆どは獣王武人の副産物で回復していた。が、クレアの圧力と迫力に押し負け俺は彼女に従ったのだ。


 ディアレス学園の医務室は二十四時間開いており必ず誰かが常駐しているらしい。その日も深夜なのに養護教員に当る人がいた。

 その人の治癒魔法で右腕は完全に再生し、ついでに他にも怪我がないか診てもらうことになる。


 俺が医務室にいる間クレアは廊下で待ってくれていたがパンツ一丁の素っ裸にされたのは流石に恥ずかしかった。しかも相手は二十代の新米養護教諭で女性。


 金色の長髪を三つ編みにして、ナチュラルメイクでも綺麗な女性だ。

 名前はレオノーラ・イェーガー。

 常に気怠そうにしていたのが印象的だった。まぁ、夜も深かったため仕方がないことだろう。

 そのレオノーラ先生にしっかり傷を治してもらい今では右腕に鈍痛すらない。


 この世界の魔法はやはり凄いものだ。


 そして改めてクレアを送って、やっと寮の自室に戻った次第である。

 寮には無論門限があったのだが、俺は許可を貰っていたので問題なく帰宅できた。但し静かにするように、との注意はあったが。


 そのまま自室にてすぐ眠ろうとしたがクレアとの邂逅の喜びと興奮から中々寝付けず、気が付いた時にはもう朝だったのだ。

 よって隈がついた目で登校することになる。


 碌に睡眠が取れていなかった脳は授業中に補填しようとした。先生方の授業は心地よい睡眠を誘うが学生の本文は勉強。が、元の世界にいた時はそんなこと思ってもいなかったが、師匠にみっちり教え込まれているのでなんとか戦い続けたのだ。

 ただ、睡魔と戦うのに全力を出したためノートは殆ど取れていない。

 これならいっそのこと寝た方が良かったのでは。


 そんなことを考えているとやっと授業の終わりを告げるチャイムの音が鳴る。勝った。俺は勝ったんだ。


 授業を終えて先生が教室から出ていく。

 他の生徒も昼休みになったので各々食事を取ろうと動き出す。


 今回、俺は昼飯を諦めていた。

 とりあえず寝よう。十分でも寝られれば午後の授業は乗り切れる。


 そして俺は机に突っ伏しようとした。

 隣にいるロビンが何か言いたげだったが、すまん。もう睡魔が限界なのだ。十分後に聞くから今は寝かせてくれ。


 睡魔は天邪鬼なのか、いざこちらから寝ようとすると中々眠りを与えてくれない。

 しかし目を閉じていれば次第に眠れるはず。


 そう思っていると何故か廊下が騒がしい。

 何だ? またクレイジー・ミートが発売されているのか?

 今日はもういい。寝たいから。

 あれ? そういえば俺、昨日のクレイジー・ミートどうしたっけ……


 思考が消え行く。

 いざ、眠りの世界へ……おやす……


「アイガぁ~いる~?」


 俺は一瞬で起きた。

 あれだけ攻防戦を繰り広げその軍門に下ろうとした睡魔は完全に消え失せる。


 クラスメート達の驚く声の中、なんとクレアが俺達の教室に来たのだ。

 赤銅の髪を靡かせ、輝く黒の双眸を煌めかせながら普通科の教室を見渡すクレア。


 彼女の後ろにはサリーもいた。

 俺はすぐさま立ち上がり、二人の元へ。


 その道中、ざわざわするクラスメートの小さな声が耳に届く。


『え? 紅蓮の切札?』

『あいつ、知り合い?』

『ていうか振られたんじゃないのか?』


 最後の台詞は如何ともし難かったが俺は無視することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る