第60話 ステーション
森を抜け暫く歩くと小屋が見えてくる。
そこにあるのがワープ魔法陣だ。
小屋に入ると小さなカウンターがあった。映画でしか見たことがない場末のスナックのようなカウンター。テーブルがないカウンターだけの店だ。
そこに王都から雇われた人間がいた。
タキシードを着た初老の男性。
彼はワープ魔法陣を悪用されないように王都が雇った『管理者』と呼ばれる職業の人間である。
彼に会釈をすると部屋の奥の扉を開けてくれた。
その床にはワープ魔法陣が鎮座している。
学校にあるものと基本変わりない。
森の帰り道、クレアに聞いたところワープ魔法陣は決まった場所と場所を繋ぐもので自由に色んな場所に行けるわけではないとのこと。
この小屋の魔法陣はディアレス学園近くの街、この大陸で王都の次に栄えている都市、レクック・シティへと通じている。
この世界においてワープ魔法陣は王都によってきちんと管理されていた。
王都のため、国民のため、様々な理由でクエストに出向きやすいよう国中の至る場所に設置されているのだ。その全てが『管理者』によって管理されている。
またワープ魔法陣がある小屋は休憩所も兼ねていて、そこで少し休憩できるようにお酒を置いている場所が多いのだとか。
アルノーの森にいく人間は少ないのであの小屋は、あんなこじんまりとしているらしいがもっと優先度の高い場所だとそれこそ宿泊施設のようなものまであるらしい。
さらにワープ魔法陣のある場所は『管理者』の権限である程度自由に変えられるので、土地柄や個人の趣味がよく出ていてそれはそれで面白いとクレアが言っていた。
因みに管理者が管理するワープ魔法陣がある場所のことをこの世界では『ワープステーション』と呼称するらしい。成程、
そして俺とクレアは魔法陣に乗ってワープした。
一瞬で景色が上書きされる。何度体験してもやっぱり不思議だ。
そこはさっきの小屋同様木製の部屋。ただ、先ほどと違い部屋全体の造りが新しい。壁にはタペストリーが掛けられ、レクック・シティのエンブレムが描かれていた。
魔法陣のある部屋から出るとホテルのフロントのような場所に出る。
そこはいくつもの部屋があってそれぞれにワープ魔法陣がある。いわばターミナルのような場所。
この場所の『管理者』に挨拶をし、書類を書いて手続きが終わると俺達のクエストは終了だ。『ホワイトラビット』も鞄ごとここに預ける。
書類には特記事項という欄があり、そこにクレアは今回の魔獣たちの出現を詳しく書いていた。確かにアルノーの森であのレベルの魔獣が現れたのだから報告する義務はあるだろう。
俺はここに来るまでの道中俺はクレアに『獣王武人』のことは伏せておいてほしいと頼んでおいた。
クレアは首を傾げていたが、俺の『あまり化け物になることを晒したくない』という言葉に頷いてくれたので、書類にはクレアが魔法で退治したことにしたことになっていた。
まぁそれでも間違いはないはずだ。
しかしクレアに嘘を吐いたこと、そして彼女が一瞬見せた悲しい貌は俺の心に大きな傷を刻み込んだ。
仕方ない。とはいえ、その傷は深く、深く俺の心を侵食していく。
俺はその傷を呑み込むほかない。
一方でこの街でもクレアは有名人のようで書類を書き終えた後、『管理者』の人と他愛もない世間話をしていた。
ここの『管理者』は綺麗な女性である。
亜麻色の長い髪、茶色い瞳、僧侶を思わせる白と青の服に身を包んだ清楚なイメージを抱く美人。
俺は適当に会釈をするが向こうは和かな笑顔で返してくれた。
二人が会話している間、手持無沙汰だった俺はステーションの中を適当に眺める。
豪奢な建物でそれでいて嫌味が無い。そんな内装だった。
そんな時、不意に清掃員の男性と目が合う。
俺は会釈をした。
向こうは慌てて目を逸らしどこかへと消えて行ってしまった。
人見知りの人だったのかもしれない。
そうこうしている間に手続きが終わり、二人でその場所を出た。
あとはここから歩いてディアレス学園を目指すだけだ。面倒なら馬車を使う手もあるが俺達は語り合いたいので徒歩を選ぶ。
歩いて数十分の距離を二人で笑いながら帰宅した。
懐かしい。あの頃と同じだ。学校の帰り道、こうやって一緒に施設まで帰った。
学校に対しての報告は明日の朝一番にすることになっている。
ただ、不正防止や危機管理、安全性の観点からワープ魔法陣を使用すると往路の『管理者』にそれぞれ伝達される仕組みで既に俺達の帰還は『管理者』を通じて学校側に伝わっていた。
故に報告の義務はそこまで強くない。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、もう寮に着いてしまった。
クレアは寮へと帰っていく。
彼女は最後まで俺の心配をしてくれていた。
俺は笑顔でそんなクレアを見送る。
夜空に満点の星が輝く道を一人歩いた。俺の住む男子寮はそこから少しだけ遠いのだ。
夜の風が吹き、俺の身体を洗うように通り過ぎる。
俺は感慨に耽ていた。
長く険しい道のりの果てに漸くスタートラインに立てたのだから。
あぁ、やっと始まるんだ。ここからが本当の始まりだ。
例えどんな敵が現れようと、どんなことが起ころうとも、絶対にクレアを守って見せる。
その決意と覚悟が改めて確固たるものになった。
ただ、今だけはこの幸せの余韻に酔いしれさせてほしい。
俺は無意識に夜空を眺める。いつの間にか雲は消えていて、そこには初めてここに来た時と同じく三日月が怪しく輝いていた。
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