第54話 クレア編~本当の危機


 私の言葉で弾痕が赤く輝いた。

 そこから生み出される爆炎の大蛇がハンマー・コングを猛スピードで喰らい一飲みにする。

 そのまま天に昇り跡形もなく消え失せた。死体はおろか灰すらも残さない。

 これは私が独自に創った魔法『火に舞う蛇』だ。本当は龍をイメージしているんだけど造形が甘い所為か蛇に見られてしまう。


 まぁ、どっちでも良かったので最初は『火に舞う龍』だったけど今では蛇で通しているし名前も『火に舞う蛇』に変えた。


 周囲の鳥や獣がその魔力と脅威に当てられてパニックになったようだ。けたたましい騒音が森に響き渡る。


「フレ……ア……ジョーカー……」


 アイガが呟いた。私の嫌いな私の名を。


「その二つ名、嫌いなの」


 私は拳銃から上がる消炎を息で吹き消す。


「さぁ帰りましょ。私は学園に。貴方は貴方の世界に」


 炎の結界も解除した。

 さて、ここを帰ったらなんとしてでもアイガを安全な場所に送ろう。


 今の私を見てもアイガはまだ私を守ると言うかもしれない。

 それが彼なのだから。


 でも私はもう決意した。 

 例え嫌われようとも、無理にでも貴方は学園から去ってもらう。


 そう思いながら彼を見ると何故かまた泣きそうになる。

 本当は嫌われたくなんかない。

 一緒にいたい。


 そんな子供じみた思いが心から溢れ出す。


「クレア! 俺は……」


 アイガの言葉が放たれた瞬間、私の脳内に警報が鳴り響いた。

 私とアイガは同時に同じ方角を見る。


 そこにいたのは白銀の猿。

 屍山血河の戦場に積み上げられたハンマー・コングの死体に座る不気味な猿だった。


 貌は般若のお面のようで圧縮された筋肉がピクピク動いている。

 凶悪な殺意の宿る目で私達を品定めするように見ていた。


「アサルト・モンキー!」


 つい私は叫ぶ。それくらいこいつはやばいんだ。

 危険種。上級魔獣が何故ここに!?

 こいつはアルノーの森には生息していないはずなのに。それに探知魔法に引っ掛かっていない。


 視認して初めて私の探知魔法にこいつの魔力が反応した。

 なんで?

 視認しなくても魔力を持っていれば反応するはずなのに。いくら探知魔法が苦手とはいえそこまで稚拙な魔法を使っているわけじゃない。


 それなのに……

 疑念を抱きながら私は急いで拳銃の照準をアサルト・モンキーに合わせる。


 最速で駆除しなければまずい。

 こうなるとアイガの結界を解いたのは悪手だった。反省は後だ。ハンマー・コングの時のような余裕は全くないのだから。


 探知魔法は常に張っている。

 だから見逃すわけがなかった。


 それなのにアサルト・モンキーは一瞬で消える。

 私は咄嗟に探知魔法の精度を跳ね上げた。


「な!?」


 でも遅かった。

 白銀の猿はアイガの背後に迫っていたのだから。


「アイガ!」


 私が叫ぶとアイガは下にしゃがんでアサルト・モンキーの攻撃を躱す。

 彼が着ていたローブに大穴が開いたけどアイガは無事だ。

 良かった。


 アイガはそのままカウンターのアッパーを繰り出す。


 その肉体美に私は一瞬驚く。

 抱き寄せられた時に感じたランガの筋肉は紛れもなく本物だった。

 圧縮された筋肉は彫刻のように美しい。


「丹田解放! 丹田覚醒!」


 アイガが何かの祝詞を唱える。

 その瞬間、彼の肉体に文字が浮かび上がった。それは群青色に煌めき、アイガの肉体を輝かせる。


「え? なに?」


 声が漏れた。

 アイガの肉体に宿るそれはどこか怖い。

 不安が私に重く圧し掛かる。


 それは魔法ではない筈。だってアイガには魔力が無い。魔法の類は一切使えない。

 その魔法が使えない筈のアイガに何があったのか……ダメだ、思考が追い付かない。


「しゃああ!」


 アイガは私の声を気にせずアサルト・モンキーに攻撃を放った。

 しかし、その攻撃は空を切る。


「何?」


 アサルト・モンキーはバックステップで躱し、そのままドロップキックをアイガに決めた。


 やっぱり。

 魔獣相手に素手なんて無理だ。


「がはあ!」


 アイガは地面を転がる。その後を彼の血が染めていった。

 アイガの胸にはアサルト・モンキーの爪によって抉られている。


 それを見て私は一瞬でブチ切れた。


「この!」


 爆炎の魔法を込めて放たれる真紅の弾丸。


 あれ?

 目が霞む。


 魔力を込めるたびに視界が歪んで照準がズレた。


 なんで?


 ハンマー・コングの時には感じなかった疲労感もある。

 それでも私は我武者羅に銃を撃ち続けた。


 だけどどれも当たらない。

 そんな馬鹿な!

 焦る私を嘲笑うかのようにアサルト・モンキーは地面に手をつく。


「離れろ! クレア!」


 勿論、避けようとした。

 またまた目が霞む。


 それの所為で私の行動が遅れた。

 私の周りから悪魔の爪のような、長い円錐のようなものが六対現れる。それが私を包むように伸びて、私の真上で交わった。


 そして一気に広がる。テントのように。


 土魔法。

 このまま圧死させる気?

 舐めないでほしいわ!


「クレア!」


 アイガの心配する声が響く中、私は炎魔法で土の接近を堰き止める。

 大量の熱と炎で私は自身にバリアを張った。


 え?


 吹き飛ばせない。

 最大出力で魔法を発動しているのに土魔法が止まらなかった。


 あり得ない。

 私の魔力ならアサルト・モンキー如きの土魔法、跳ねのけられるはずなのに。


 なんで?

 こうなったら……アレを使うしか……でも……

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