第53話 クレア編~あなたは私が守る

 私の殺意と猿達の殺意が渦巻く。均衡を保つかのような静寂。

 私はこの隙に最後の説得を試みる。


「ディアレス学園は魔法の世界で最も熾烈な場所よ。魔力を持つ者が切磋琢磨する学び舎。そしてここ……実際に今私たちがいるこの場所は……魔獣が犇めく死が真横にある世界。この世界で貴方は生きられない。学校で学ぶことも、魔法の世界で戦うことも貴方にはできない、叶わない。お願いだからわかって……」


 きっとこの言葉もアイガは聞き入れてくれない。いつも傷だらけで私を守ってくれたアイガはどんな言葉も無意味。それがわかっているから辛い。


 どうすればわかってくれるんだろう。

 そればかりが募る。 


 私の中から溢れるどす黒い何かが言葉を強くしていった。自分で止められない感情の奔流。そしてそれに伴う後悔が私を苦しめて涙を流させる。


 やっぱり私は最低で卑しい身勝手な女だ。

 本当はもっと優しく説得したいのに。

 何も変わっていない。


 あの頃から何一つ変わっていないんだ。

 それでも、例え嫌われようとも、私は必ずアイガを守りたい。だから強引にでもアイガを安全な場所に……居てほしい。


「貴方は私が守る。だからお願い。学園から去って。安全な場所にいて。ここから帰ったらもう一度シャロン先生に直談判するわ。わかってほしい。それが貴方のためなの」

「それでも! 俺は君といたかったんだ」


 アイガの言葉が私の心を穿つ。


 嬉しい。アイガの言葉が嬉しかった。


 また泣いてしまう。

 だからこそ、私は貴方を守らなければいけないの。


 そして決心する。

 辺りに蠢く魔獣どもを皆殺しにして絶対にアイガを守り抜くと。


「お願い」


 私はその一言を絞り出した。同時に右手の炎を地面に叩きつける。すでに脳内で魔法陣の構築は終了していた。あとは起点となる炎だけ。

 どす黒い何かに似た火炎は地面を走って、新たな魔法陣を描く。

 その炎が暗闇の周囲を照らし出した。


 殺気が一気に降り注ぐ。


 均衡は崩れ、猿達の雄叫びが決戦の火蓋を切る合図になった。猿の気持ち悪い赤い目玉が鬼火のように浮かぶ。


「な? 囲まれている?」


 動揺するアイガ。大丈夫。貴方は私が守る。もうあの頃の私とは違うのだから。

 魔法を起動するため私は天に右手を翳した。


「貴方はこの世界では生きられない」


 私はその後に『だから私が守る』と心の中で付け足した。

 言葉にしなかったのはアイガに気を遣わせたくなかったから。


 私は指を鳴らす。地面の炎から上がる燐が一瞬で大きくなり、火の玉となった。それらが一気に周囲に隠れる魔獣たちに襲い掛かり、彼らの身体を燃料にして猛り狂う。


「ぎゃああ!」


 呻き声を上げる魔獣達。炎の塊を浴びて燃えながら飛び出してくる。

 焼け焦げていく屍を見ても私は何とも思わない。寧ろ清々する。


 よくもアイガを襲おうとしたな、その身をもって償うがいい。


 黒くなる死体の後ろから新たなハンマー・コングが次々と飛び出してきた。

 既に探知済み。問題ない。


 ふと、横目で見るとアイガが構えている。

 本当に素手で戦う気なの?

 危ない! それだけは危険! やめて!


 ハンマー・コング相手に素手で挑むのは無謀すぎるのだから。


「動かないで! 貴方は見ていて!」


 私は地面に残っていた火炎でランガの足元に魔法陣を描いた。

 それは彼を守るための結界でもあり、彼を外に出さないようにする檻でもある。勿論、アイガを傷つける炎じゃない。


 内側から出る場合は花火程度の火力。但し外側から入る場合は爆炎となるよう設定した。ただ、即席だからそこまで上手く調整はできていないと思うけどハンマー・コング程度なら守れるはず。


 そんな杜撰な魔法でごめんなさい。でもちゃんと守るから。

 私はそう思いながらアイガを瞠った。

 アイガは私の目を見て抗うことを止めてくれる。


「大人しくしてて」


 気持ちが通じたみたいで少しだけ嬉しかった。

 私はアイガから視線を外し、迫りくるハンマー・コングの群れを睨みつける。


 絶対に許さない。


「世界を紅蓮に染めよ!」


 私は契約武器を発現した。

 右手に真紅の炎が宿り現れる漆黒の拳銃。グリップと銃身に赤いラインが入ったもの。弾丸は私の魔力。

 つまり私の魔力が尽きなければ永遠に放つことができる優れもの。


 私は怒りに任せてハンマー・コングの一匹を撃ち抜いた。


「ぎゃあ!」


 弾丸は見事に命中する。瞬間、爆発した。

 ハンマー・コングの上半身が跡形もなく消し飛ぶ。少し想定外だ。燃やすつもりが吹き飛ばすなんて。やはり調子が悪い。


 でも関係ない。斃せることに変わりはないのだから。

 一匹やられようともハンマー・コングの群れは次々に私に襲い掛かる。


 私は怒りを鎮め、できるだけ冷静に冷酷に殺せるよう心を研ぎ澄ました。

 狙いを定め、引き金を引く。


 爆炎と黒煙の中、死臭と獣臭が立ち込め、ハンマー・コングの屍が積みあがっていった。

 燃える死体と周囲の小火で少しだけ森が明るくなる。


 それでも私の心は依然として晴れない。

 やがて動く個体がいなくなる。死屍累々の中、契約武器を片手でクルクルと回し休憩がてら次の算段を考えていた。


「クレア!」


 アイガが叫ぶ。

 その声より僅かに遅れて死体の山の中から一匹のハンマー・コングが奇襲を掛けてきた。こいつも既に探知済み。そしてこいつがラスト。

 襲いやすいようにわざと隙を作っただけだ。


 拳銃を掴みなおし、一瞬で狙いを定め、撃つ。

 しかし、このハンマー・コングは仲間の死体で私の弾丸を防御した。


「へぇ~」


 魔獣のくせに知恵があるのか。

 そこは感心した。


 私は炎の弾丸を打ち続ける。

 器用によけるハンマー・コング。その顔は下卑た笑みに満ち満ちていた。


「ふ~ん」


 苛立ちが増す。

 獣如きが何を笑っているの?

 私は断罪を下すことを決めた。


 さらに銃を撃ち続ける。その弾丸を躱すハンマー・コング。

 気持ち悪い笑顔で私に迫るがその顔もあと少しで見られなくなると思うと残念だ。

 所詮は獣。今自分が罠に掛かっていることにも気づいていない。


 私は少し後ろに跳んで距離を取る。


 そして魔力を込めていない拳銃の引き金を引いた。

 当然弾丸は出ない。カチッと撃鉄の音だけが響く。

 弾切れを思わせる行動。これは罠。


 ハンマー・コングはニヤリと笑っていた。今がチャンスとばかりにその大きな腕を振り回す。誘導されてその場所にいるとも知らずに。


「クレア!」


 アイガが檻から飛び出そうとした。


 そうか、この戦い方だとアイガも心配させてしまう。それは失念だった。

 今、アイガが飛び出してきたら彼も巻き込んでしまう。


「動かないで!」


 私は必死に叫んだ。

 アイガはなんとか踏みとどまってくれる。


 一方でハンマー・コングは嗤いながらその腕を振り下ろした。

 だけど私は動じない。

 貴方はもう終わっているのだから。

 左手で指鉄砲を作りハンマー・コングの後ろをロックオンする。そこには私が地面に撃った弾丸の痕があった。


 ハンマー・コングは躱したと思っているかもしれないが、それは間違い。最初から私はそこを狙っていたのだから。

 弾痕が地面で五芒星を描いている。

 私は魔力を込めた。そのまま指鉄砲をハンマー・コングに向ける。


 そして無慈悲に、言葉を吐いた。


「燃やせ!」

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