第49話 クレア編~悔しい思い
「え? アイガが?」
突然打ち明けれた真実。
アイガが魔獣を斃したという事実。
どうやって? 魔法が使えないアイガがどうやれば魔獣に勝てるの?
昨日の魔獣はてっきり教員の誰かが駆除したものだとばかり思っていた。それが、アイガが斃したなんて。俄かには信じられない。
しかし、一つあるとすればあの筋肉。
アイガに抱き寄せられた時に感じたあの筋肉なら或いは……
私はそこまで考えて自分の考えを捨てた。
そんなことありえるわけがない。身体を鍛えた程度で魔獣に勝てるなんて万に一つもない。魔獣とはそれほど強い。普通の獣とは全く違う存在なのだ。
「魔獣を斃せるほどアイガは強くなったのです。彼に魔法はいりません。代わりにアイガは今、四つの力を宿しています。それは……」
「シャロン!」
シャロン先生の言葉の途中で今まで全く覇気の無かったアイガがいきなり立ち上がった。彼から放たれるその殺気は尋常じゃない。
嘗て私達を殺そうとしたブレード・ディアーに匹敵するその殺意と迫力に私は慄き何も発することができなかった。
「失礼。言いすぎましたね。このことは貴方が決めることでした。座りなさい。アイガ」
シャロン先生は微動だにしない。優雅に紅茶を飲むだけだ。
アイガは黙って座る。でも未だに彼からは凄まじい殺気が迸っていた。
どうして?
あの頃のアイガでは考えられないその迫力。この五年で彼に一体何があったんだろうか。
「さて、話を戻しましょう。とどのつまりアイガは魔法に代わる新しい力を手に入れたのです。それを見込んで彼をこの学園に入学させました。既に魔獣を斃していることからそれは疑いようのない事実です。これで良いですか? クレア?」
「でも! それでも! アイガは!」
アイガに何があったんだろうか。
それが気になり、上手く頭が回らない。アイガは安全な場所にいてほしい。そう願って抗議したいのに言葉が全く出てこない。
それが悔しくて、悔しくて、溜まらず私は泣いてしまった。涙が止まらない。止めようとしているけど止まってくれなかった。
「え? クレア? え? え?」
隣でアイガが狼狽える。
そうだよね、怒っていた女が急に泣き出したら変だもんね、気持ち悪いよね。
そう思いながら私はポケットからハンカチを取り出し自分の涙を拭う。これ以上言葉を出すのは無様だ。私は黙することにした。
でも抗議を諦めたわけじゃない。
シャロン先生はそんな私を見て立ち上がり、何かの書類を持ってきた。
「貴方は心配なのね。アイガのことが。なら確かめればいいわ。彼が守るべき存在なのかどうかを」
「へ?」
「は?」
私とアイガは同時に声を出す。多分アイガもそうだけどシャロン先生の言葉の意味が分からなかったんだ。
「貴方たちに任務を与えます」
シャロン先生はそう言い放つ。
任務?
どういうことだろう。全く意味が分からなかった。
そこからシャロン先生は説明してくれた。
王都護衛師団部隊、国立ギルド、民間ギルド、そしてその仕事の内容。
一応、私も知っていることだ。
この世界で五年も生きていれば自然と身につく常識的な知識だから。ただ王都護衛師団部隊しか見えていない私にとっては国立ギルドも民間ギルドも興味はなく殆どうろ覚えでしかないけれど。だいたいの仕事内容もある程度ならわかる。
それをアイガにわかりやすいようにかシャロン先生は丁寧に説明していた。
その説明を受けるアイガを見てますます不安になる。
この世界の常識すら知らない彼がどうやってこの学校でやっていけるんだろうか。
そんな不安はどんどん大きくなり私の恐怖心を育てる。
必ずアイガを安全な場所に。その思いが一層強くなった。
そして……
「我々のような優秀な魔法使いを育成する学園が国立ギルドにやってくる依頼の中から比較的簡単なものを国に代わって着手しているのです」
シャロン先生は一枚の書類を示す。そこには『採取』と書かれた文字と値段らしき数字が書き込まれていた。
「え? これって私たちがするんですか? え? 私達まだ学生ですよ」
私は困惑する。だってこれはギルドに舞い込んだ依頼。学生がする仕事じゃない。ちゃんとしたギルドの魔法使いが行う職務だ。
「学生が熟すのは結構当たり前のことですよ。カリキュラムとしては入っていませんけどね。三年生になったら志願者を募って行ってもらっています。基本的に危ない任務はありません。これは訓練も重ねていますから。それにこうやって国立ギルドの任務を達成していればそれが功績となって官民関係なくギルドに入れやすくなります」
一瞬、シャロン先生の顔が怖くなる。前にもあった。何故か時折、私は大恩あるシャロン先生が怖くなる時がある。
「学生はレベルアップと自分を高く売れる機会が手に入ります。国立ギルドは任務が片付きます。市民は早く任務を熟してもらえます。これは皆がウィン・ウィンになれる素晴らしいシステムですよ」
そんな恐さは一瞬で掻き消えた。
だけど私には戸惑いが残ってしまう。
「え……と……」
混乱する頭を頑張って動かした。だけど上手く纏まらない。横目で見たけどアイガは怖い顔をして書類を睨んでいる。
「つまり……この任務を私とアイガでやれということですか?」
無理矢理納得して私はそう尋ねた。答えはわかっているのに。
シャロン先生はにっこりと笑う。
「その通りです。特にクレア、貴方は王立護衛師団部隊志望ですが一年生から任務を熟したというのは部隊に対して良いアピールになります。そしてこの任務で見極めればいいのです。彼が守るべき存在なのか、どうなのかを……」
そうか……
こうした任務をこなしていけば王都護衛師団部隊に入りやすくなるのか。
それは私にとってプラスでしかない。
だけどアイガにとっては……
危険な場所に彼を連れていくのか……
どうしよう……
それは矛盾。それを否定するためにここに来たのに。「アイガはダメだ」と心から叫びたかった。だけどもうそれが無理なことを私は悟っていた。
吠えることしかできない無様な自分を心の中で蔑む。
どうやったらアイガを安全な場所に送れるのだろうか。
迷いの中、私は答えを見出せず黙って涙を堪えることしかできなかった。
歯痒いけれど、それしかできなかったんだ……
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