第48話 クレア編~怒りに任せて
私は教室に戻っていた。
そこで心で這い回る蟲を抑えつける。
アイガの幻影はゆっくりと立ち消えていった。陽炎のように。
だけどそれに集中しすぎて心配してくれるサリーにぞんざいな態度を取ってしまう。それは本当に申し訳ない。
魔獣騒ぎで授業が変更され結局その日は終了となった。
終わりの鐘の音と同時に私は教室を飛び出し、急いで学長室に向かった。
シャロン先生に会うためだ。
この学校に入学してからは極力会わないようにしようと約束していた。
ただでさえ目立つ私がシャロン先生と入学前から面識があり、今でも普通に話しているとなるとあらぬ疑いを掛けられてしまう可能性があったから。
それの所為で王都護衛師団部隊への道を邪魔されたくなかった。
ガイザード王国の魔法使いにとって王立護衛師団部隊への入隊は大変名誉なこと。そのため邪魔な敵は排除するに限る。そう考える輩は多い。
特に貴族の連中などは顕著だ。
私のような異邦人を嫌う者も多い。所謂、
彼らは歪んだ思想のために平気で人を蔑める。
だからディアレス学園に入学してから殆どシャロン先生とは一対一で会っていない。
でも、今は会わずにいられなかった。
アイガが入学なんて私は聞いていない。質の悪い冗談にしか思えなかった。
だってアイガは魔法が使えない。魔力を一切持っていない。
それなのに、なんでこの魔法使いのエリートが集まる学校に入学できたの?
シャロン先生が噛んでいないわけがない。
怒りに任せてノックもそこそこに私は学長室に入る。シャロン先生は優雅に紅茶を淹れていた。
私はシャロン先生に迫り問い質す。
私がここに来ることを想定していたのかシャロン先生は全く動じていない。私の怒りの抗議もどこ吹く風だ。
「サプライズですよ」
シャロン先生は笑いながらそう言った。
それじゃあ答えになっていない。
「何故アイガがここにいるんですか? 彼は魔法が使えないんですよ!」
アイガを叩いてしまった自分への怒りも重なって私は感情が止められずシャロン先生に詰め寄るけど暖簾に腕押し。シャロン先生は意に介さない。
そうこうしているうちにアイガが学長室にやってきた。
「クレア!」
満面の笑みのアイガ。
あぁ、やっぱりアイガだ。
そう思うと心の中で鎮めたはずの蟲がむくりと起き上がる。
また蟲はアイガの姿に変わった。
『俺がここにいたら迷惑なのか? お前の所為で俺はここにいるんだぞ』
アイガになった蟲が囁く。幻影が現実のアイガと重なる。鎌首をあげた恐怖が私を射抜く。
でもその言葉は悲しい程に真実だった。
その真実から目を背けたくてつい私は彼を睨んでしまう。
どうして私はこんなにも卑しいのだろうか。
「なんでここにいるのよ! アイガ! というか、先ほどから申していますが! どうして、アイガがこの学園にいるんですか!? シャロン先生!」
そんな自己嫌悪を悟られまいと私は怒りを彩る。稚拙で身勝手、まるで幼児の癇癪のようだ。でも私は止まらない。止められない。
「それは先程から何度も申していますように彼はここにいる資格を手に入れたからですわ」
シャロン先生は私を諭すように優しい口調になる。仮初の怒りを見破れていたのかもしれない。
「そんなわけありません! 彼は魔力が無いんですよ! 魔法が使えないんですよ! だからこのディアレス学園に入れるわけないじゃないですか!」
それでも私の暴走はやっぱり止まらない。偽物の怒りがいつの間にか本物の怒りに変わっていた。
「魔法ではない別の力が彼にはあるのですよ、それもとびっきりのが……ね」
別の力?
魔法が使えないアイガに?
その言葉に私の中の怒りが微かに揺らめく。
しかし、そんなものあるわけない。五年間、この世界にいて魔法の代わりになる力なんて聞いたこともない。
「ですから!」
「まぁまぁ、落ち着きなさい。アイガも来たことだし一旦説明させてほしいわ」
シャロン先生に促され私は一旦怒りを抑える。あまりに見苦しいこの怒りに私自身少し疲弊していた。
まだ言いたいことはあったけれど休憩の意味もあって、呼吸を整えつつ私は学長室の中央にある椅子に腰かける。
「ほら、貴方も」
私に睨まれて固まっていたアイガが隣に座った。
久しぶりの邂逅。
こんな形じゃなければ良かった。
こんな形じゃなければもっと色々話せたと思う。
こんな形じゃなければ笑顔で出迎えられたはずだ。
そんなことを私は考えていた。
「クレア……」
不意にアイガに呼ばれた気がしたけど、私はそれどころじゃなく、現状を整理するのに手一杯だった。
「さて、まずはクレアさんの質問に答えましょうか」
「答えもなにもアイガはこの学園ではやっていけませんよ! 魔法が使えないんですよ! なんで入学できたんですか!?」
頭で考えても一つも整理なんてできない。
魔法の学校に魔法が使えないアイガがいる。その不自然がどうしても納得がいかなかった。このままだとアイガがまた危険な目に合うかもしれない。また彼が傷つくかもしれない。
いや、そうなる可能性が高い。
だってここは魔法使いのエリートが集まる場所。危険が常に隣にいる場所なのだから。
それだけはダメだ。もう二度とアイガを危険な目に合わせてはいけない。アイガを守るためにも彼には安全な場所にいてほしい。それは決してここではないのだから。
私は再び怒りの炎を再点火させた。
「『何故入学させたのか』という質問には答えられませんが、『何故入学できたのか』という質問にはお答えします」
頓智のような言い回しに私は一瞬たじろぐ。
「ここに通う学生は皆さん優秀な魔法使いです。将来的には立派な魔術師か魔導士になるでしょう。勿論貴方もね、クレア」
そのつもりだ。ここを卒業して立派な魔術師、ひいては王都護衛師団部隊の一員になるのが目標であり私の使命だ。
そんなことを考える私の前にシャロン先生がお茶請けのビスケットを置いた。
その意味が分からず私はポカンとする。
「さて、貴方はこの丸いビスケットです。小麦粉から作られたお菓子です。で、アイガはこちらです」
シャロン先生は次に別のお菓子をお茶請けから取り出してアイガの前に置いた。
それは小さなチョコレート。
「ビスケットとチョコレート。全く別のものです。一方は小麦粉。一方はカカオから作られます。でも今は同じお茶請けの御盆の中に入っています。この状態でこれは何ですか、と聞けば殆どの人が『お菓子』と答えるでしょう」
また頓智。
私にはその意図が理解できない。
「説明になっていません。アイガがチョコレートだとしてもお菓子の仲間入りはできません。彼には魔力がありません。カカオのままですよ!」
自分でもよくわからないまま言葉を吐いた。でも勢いに任せて私はシャロン先生を見据える。
「えぇ、そのままカカオなら、当然お菓子ではありません。しかし彼は五年の歳月で進化しました。立派なお菓子ですよ。変わった作り方のチョコレートなだけです。それは甘くはないかもしれません。ですがビターでお茶請けにピッタリなお菓子なのです」
シャロン先生はアイガの前にあるチョコレートをひょいと口に入れた。私のコケ脅しの睥睨など何も感じていないようだ。
「それに……昨日、現れた魔獣の一匹を斃したのはアイガですよ」
唐突なシャロン先生の一言。
私は心の底から驚く。
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