第50話 クレア編~女の性
私は寮の自室に帰っていた。
結局アイガと一緒に採取クエストに行くことになってしまったのだ。私の抗議は徒労に終わる。
辛い。
どうすれば、アイガはわかってくれるのだろうか……彼はこの世界では生きられない。それは幼きあの日に知ったはずだ。痛みをもって。
下級魔獣のブレード・ディアーに瀕死の重傷を負ったアイガならこの世界の怖さは身に染みているはず……
違う。
それでも立ち向かうのがアイガだ。私を守るために己を犠牲にすることを厭わないのがアイガだ。
このままじゃあ、また同じ轍を踏む。
ダメだ! それだけは……
そうならないためにも……今度こそ。私がアイガを守る。
説得しよう。言葉だけで足りないなら力も行使するつもりで。
アイガにはこの学校を辞めてもらって、どこか安全な場所で過ごしてもらわなければ。それがアイガのためなんだから。
あと六年。あと六年で必ず貴方を元の世界に返すから。
私は覚悟を決めた。
不意に姿見に映る自分の姿を見る。
あぁ、なんて汚い顔なんだ。御伽噺に出てくる悪役の継母みたいな表情。
怒りすぎて目は吊り上がっているし、泣いたためか鬼みたいに真っ赤。
普段からほんのりナチュラルメイクをしているけどそれが剥がれて溶けて悪魔みたいな陰影になっていた。
激昂の残影か、顔がやつれていてそれが凄く気持ち悪い。
アイガに酷い態度を取り続けた自分の姿はまさに今の私の外見とリンクする。辟易するほど醜い。
醜悪だ。
忌み嫌う母親の面影が重なる。反吐が出そうだった。
私は自分で自分の顔を叩く。
痛みが怒りをほんの少しだけ和らげた。
私は冷静になる。
冷静にならないとアイガを守れないから。
そこでふと疑問が沸く。
どうやってアイガは魔獣を斃したのだろうか。
魔法とは違う別の力とはなんだろうか?
そんなものが果たしてあるのだろうか?
アイガが魔獣を斃した、ということが嘘の可能性だってある。でもアイガに抱き寄せられた時、びっくりした。あの筋肉はちょっとやそっとで鍛えたものじゃないはず。
まさか、本当に筋肉で? 魔獣を斃すの? それこそあり得ない。
それなら……兵器?
元の世界にいた時のような銃火器の類?
外国の軍なみの兵器を用いれば確かに魔獣を斃せるかも……でも、この世界で銃火器のような兵器はないはず。作る技術もノウハウもない。
じゃあ、アイガはどうやって……魔獣を斃したんだろう?
答えの見えない堂々巡りに陥る。
いくら考えても私にはわからなかった。
どちらせよ、アイガが危険なことに変わりない。
長い時間、色んなことを考えた私は二つの結論に辿り着く。
アイガを守る。そしてアイガを安全な場所に。
そのために戦えばいい。
私の答えはやっと決まった。
「よし!」
私の瞳に気合の炎が灯る。
そして今一度採取クエストの内容が書かれた書類に目を通した。
クエストの場所は魔獣が生息するアルノーの森。昨日出現したのはトライデント・ボアとシャドー・エイプが可愛く見える魔獣がいる森だ。
私がしっかりしないとアイガが危ない。
迷いは不要だ。
ふと私は鏡台の上にあった髪飾りを見る。
これはサリーがくれたプレゼントだ。女心かせめて可愛く見られたいと私はそれを付ける。
私の赤銅の髪に目立つ緑の髪飾り。
この髪の色、本当に嫌いだ。名も知らぬ父親の残滓を感じる。
この顔も嫌いだ。どんどんあの母に似てくる。
母親が嫌い? やっていることはその母親と瓜二つじゃないか。
「はは……何やってるんだろ、私」
そうは言いながらも私は髪飾りを外さなかった。崩れた化粧も直す。憎む母親と同じように女の
時間になり、学校の正門で待ち合わせる。
アイガはにっこりと笑ったけど私は無視して歩を進めた。やっぱりかっこいい。懐かしい。そんな気持ちが溢れると同時に私の心にアイガの幻影がゆっくりと現れる。
この幻影を抑え込みながら私はアイガの顔を極力見ないようにした。見てしまえば忽ちこの幻影がまた具現化してしまうから。
アイガは何も言わず私の後に続く。
その微妙な空気のままワープ魔法陣を使って私たちはアルノーの森へと向かった。
アイガといるとい、ずっと心に蔓延るあの蟲が絶えず私を嬲る。
アイガの姿で。
私は必死にそれに耐え続けた。
きっと私は泣きそうな、そんな顔をしていたと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます