第41話 クレア編~唯一の贖罪
「ん? 誰だ?」
ハンネさんが怪訝そうにドアの向こうに尋ねる。
「私ですよ、ハンネ」
その声にハンネさんは勢いよく立ち上がり、ドアを急いで開けた。
「これはこれは! 申し訳ありません! 隊長! 出迎えもせず。無礼な物言いまで……」
「構いませんよ。急に来た私が悪いのですから」
入ってきたのは綺麗なおば様だった。
白銀の髪を後ろで束ね、ハンネさんと同じ鎧と服装をした秀麗な人だ。物腰も柔らかく上品な空気を漂わせている。
「初めまして。貴方が異邦人の方ね。私はシャロン。シャロン・ウィンストンです。王都護衛師団部隊の二番小隊隊長を務めております。まぁ平たく言えばそこのハンネさんの上司ですね」
シャロンさんは柔らかな物腰を崩さず部屋に入ってきた。
「シャロン隊長、どうしてここに!? わざわざこんな辺鄙な場所まで隊長ともあろうお方が起こし頂かなくても……」
「あら、異邦人の保護は我々の任務ですよ。隊長職があと一か月とはいえ任務には忠実でなければ。それに今回の異邦人の方に少し興味もありましたから」
シャロンさんは私を見据える。
「なるほど……恐ろしい魔力量ですね。近くにいてはっきりわかります。これほど高純度で膨大な魔力、感じたこともありません。貴方、間違いなく魔法の才能がありますよ。それもとびっきりの才能です」
私達の話を聞いていたようでシャロンさんからお墨付きを貰えた。
でもまだ私には何の実感もない。
「確かに彼女の魔力は恐らくこの国でも一、二を争うほどかと。純粋な魔力の暴発のみで魔獣を消滅させています。これは前代未聞ですから」
「なるほど……」
「さらに驚くべきは……近くに同じ異邦人の少年がいたのですが、彼自身は全く彼女の魔力の影響を受けていませんでした。周囲の川や石を消滅させるほどの威力だったのですが……」
「コントロールもできているんですね。最早、天才という言葉では足りないくらいの才覚。彼女はこの国を変えてしまうかもしれないレベルを持っているということですか……」
二人が何を話しているのか私にはさっぱりわからなかった。
鹿の化け物の時は無我夢中だったので何も覚えていない。『消えた』と思っていたがどうやら私が斃していたらしい。その手応えもないので私は茫然と自分の小さな掌を見つめる。
本当にそんな凄い力が自分にあるのだろうか、と半信半疑だった。
「それと……これは先程わかったことなのですが……」
ハンネさんがシャロンさんに何かを耳打ちする。
冷静だったシャロンさんは驚き、ハンネさんに何か指示を出した。その声は小さくて聞き取れない。
ハンネさんはそのまま部屋を出ていく。
何かあったのか不安になる私を見てシャロンさんは椅子に腰かけた。
「失礼、別に問題ありませんわ」
少しホッとしたけど不安は完全に消えていない。心に蠢く恐怖が静かに鎌首を上げている。そんな感覚だった。
だからだろうか、私はどこか挙動不審になっていた。
「さて……一つ貴方に確認したいことがあります」
「はぁ……なんでしょうか?」
シャロンさんの目が急に怖くなった。
心がさらに乱れる。
「貴方と共にきた彼は貴方のお友達?」
「はい、私の……」
この先の言葉を言うかどうか一瞬私は逡巡した。でも言うべきだと思った。
「大切な人です」
「そう……」
シャロンさんは少し悲しい顔をする。
「彼のお名前は?」
「アイガです。月神藍牙……あ! 名字が月神で名前が藍牙です」
「そう……アイガくん……ね……」
シャロンさんは丸窓を眺めた。空にある太陽は丁度雲に隠れ仄かに暗くなる。その外の色がそのままシャロンさんの顔に映り一層悲哀な色合いが増した。
「あの……アイガがどうしたんですか?」
私の中にある不安がどんどん大きくなる。先ほどまでの安堵はもう消えていた。
「正直に言いますね。彼は正確には『異邦人』ではありませんでした。彼は巻き込まれた人間です」
意味が分からない。
いや、わかろうとしなかった。
異邦人の説明をハンネさんから受けたとき、実は私の心の中である懸念が産まれていた。
それはアイガのこと。
ここに来た時、魔獣に出会うまでの間。アイガは全部私とは違った反応だったから。
彼は私が感じたような喜びを全く感じていなかった。
それはきっと……
「アイガくんは貴方に巻き込まれてこちらの世界に来てしまったのです。彼に魔力は全くありません。魔法の世界では非力……いえそれ以下。恐らく普通に生きていくのも難しい存在です」
重い事実が私の心を締め付ける。
アイガはこの世界で生きられない?
そんな世界に連れてきてしまったのは誰の所為?
私だ!
私を助けるためにアイガはここに来てしまった。
彼に関係のない怒りをぶつけ、酷い言葉で詰り、化け物と戦わせ、あと少しで死んでしまうところだった。
そしてこの世界では生きられないという事実。
それら全ては……私の所為だ。
私は頭を抱え事の重大さに押し潰されそうになる。
「あ! あの! 帰る! 帰る方法!」
言葉が上手く紡げない。パニックのせいで頭も口も上手く動かなかった。
「残念ですが……ワームホールは常に一方通行。あちらからこちらへは通じますが、こちらからあちらへは通じていないのです。しかもいつどこに現れるかもわかりません。残念ながら……帰る方法は現状ありません」
絶望。
一切慈悲などなく、私は仄暗い絶望を突きつけられた。
全部私の責任だ。
私がアイガを巻き込んだ。
帰れない?
どうしよう……
どうしよう……
どうしよう……
取り返しのつかないことをしてしまった。
「そ……そんな……せめて、アイガだけでも……彼だけでも……」
「申し訳ありませんが……」
私は泣き崩れる。
泣く程度で許されるわけがない。
私はどうしようもない女だ。罪人だ。それなのに犯してしまった罪の重さに耐えられなかった。
私は自分が本当に憎くて許せなかった。
そんな私の手をシャロンさんはそっと優しく包み込んでくれる。
「ですが……現状は無いだけで……あるにはありますよ」
「え?」
咎を背負う私に一筋の光明が見えた。
それは罪滅ぼし。
そして唯一の贖罪だった。
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