第40話 クレア編~魔法のある世界
私は涙を拭いてハンネさんの方を向き直した。
「まず質問をさせてほしい。君は国の名前は?」
変なことを聞くなぁ……というか変な聞き方だなぁと思ったが正直に「日本」と答えた。
ここがどこなのかはいまだにわかっていない。見知らぬ外国なのか、そんなことを漠然と考えていたけど、それなら言葉が通じない筈だろうし。
疲れていた私の脳味噌は考えることを諦めていた。疑問を全て脳の片隅においやり、ぼんやりとしながら目の前のハンネさんを見つめる。
「ニホン……か……君の名前は? 改めて教えてくれ」
「日向紅愛です」
「どっちが名字だ?」
「日向が名字で紅愛が名前です」
また変な聞き方だ。そう思った。だって今まで生きてきてそんなこと聞かれたことなどないから。確かに『クレア』という名前は日本人じゃあ珍しいけれど。
でも私の見た目、少し外国の血が入っているのはわかるし。
あ、だから混乱したのか。欧米人……そこまで欧米人っぽいとは自分では思ってないけど……そんな名前と顔を持ちながら日本という国名を出したからややこしかったのか。
そんなことが一瞬でわたしの脳内を駆け巡ったが再びそれも片隅へと追いやられた。
不意にハンネさんは人差し指を突き出す。
そしてそこからポッと水が飛び出した。
「わ!」
驚く私を見てもノーリアクションでハンネさんは、さらにその水を空中で球状にする。何もない空間にシャボン玉のように浮かぶ水の塊。
私はその光景に目を丸くした。脳の片隅にあった先程までの疑問は泡沫の如く消え失せる。
「手品?」
頭に浮かんだ言葉がそのまま口から飛び出した。
「いいや、これは魔法だ」
魔法?
御伽噺や漫画に出てくるあの魔法のこと?
私はポカンとする。もはや脳は考えることすらしなかった。
ハンネさんは想定済みなのか私のリアクションなど気にせず空中に浮かぶ水の塊を私の方へ押す。
水の塊はフワフワと私に近づき、私の目の前で氷になった。暫くしてその氷は音を立てて弾け、結果冷たい空気だけが私の掌に伝わる。
手品というにはあまりにも説明しがたいその状況に私は呆気にとられるしかなかった。
「ここは魔法の世界リガイア。魔法が存在する世界だ。さらに詳しく言えばここはボルティア大陸と呼ばれる大陸でその大陸全てを治めるガイザード王国の領土でもある。君達はそのガイザード王国の南部にある辺境の森にいたんだ。信じられないかもしれないが君はこの世界に呼ばれた『異邦人』。別の世界からここへやってきたのだ」
この時、ハンネさんは先程までと違ってどこかマニュアルのような機械的な喋り方になっていた。
「異邦人?」
「違う世界から人間のことを指す言葉だ。君は日本という国の出身だったな。そこはチキュウという世界なのだろう?」
チキュウは地球のことだとわかるのに少し時間が掛かる。アクセントが違ったから。
「チキュウは魔法がない世界だと聞いている。このリガイアでは考えられない機械が多数ある世界だとも。さて……まずはワームホールの説明からかな」
ハンネさんは説明を続ける。
それによると私が通ったあの真っ白い穴は『ワームホール』と呼ばれる穴で、あの穴に入ることでチキュウの人間がこのリガイアにやってくるんだそう。
そこで頭の中が書き換わりこちらの文明の言葉を使えるようになり話せるようになる、と。だから私はハンネさんと会話できていたらしい。
しかも、私のような異邦人と呼ばれる人は数年に一人か二人の確率でこの世界にやってくるらしい。その際に発生する魔力の歪を探知してハンネさんのような王都護衛師団部隊の人が現場に急行するとのこと。
私のように魔獣に襲われたり、野盗に襲われたりするのを防ぐために。
ただ、あの時私たちはその場から移動したためハンネさんの到着が遅れてしまったんだとか。
そうハンネさんは丁寧に教えてくれた。
普通だったら信じない眉唾の話。
でも魔獣という化け物に襲われ、目の前で魔法を使われた今となっては受け入れるしかなかった。
それに何故かそこまで不思議と疑念は湧いていない。自分でも驚くほど素直にこの現実を受け入れていた。
「あのワームホールは通称、『神のやり直し』とも呼ばれている」
説明の中、不意にハンネさんが放った言葉、『神のやり直し』。私はその言葉に引っかかる。
「それってどういうことですか?」
「これはこの世界に伝わる古い御伽噺だ。ある日、神は二つの世界を創った。一つは魔法のある世界。もう一つは魔法の無い世界。神は試したかった。魔法がある世界と無い世界では何がどう変わるのかを。そして二つの世界は異なる進化を遂げた。神はそれに満足した。そして神は世界の創生から手を引く。あとは素質ある者をそれぞれの世界に送り込み独自に進化するよう促すだけだった。だが神と言えど失敗をしないわけじゃない。魔法の素質がある者を魔法の無い世界に送り込むことが稀にあるのだ。これは由々しき事態。やり直せばならない。だから神は『ワームホール』を創った。あの『ワームホール』によって間違って生まれた者をこのリガイアへと送り込むのだ、という話さ」
ただの御伽噺だけど私の心は疑念など一切なく納得していた。
ハンネさんは話を続ける。
「何の根拠もないただの御伽噺だが……君は実感していないか? ここが『私のいるべき世界』だ、と。ここに来た時最初に何を思った? 何を感じた? 恐怖や混乱より先に喜びの感情があったんじゃないか?」
私は自分の心が射抜かれたと錯覚した。
その通りなのだから。
この世界に来て私はワクワクしていた。地獄から抜け出せると本気で思っていた。
ハンネさんの話を素直に受け入れているのも私が間違った世界に生まれたからだと思っている。ここに来たのは必然。だって私は間違った世界に生まれのだから。
本気でそう思っていた。
だって間違った世界にいたから私は母親から愛されず、誰からも愛されず、虐められて、只管地獄のような日々を過ごしていたんだ。
そう思わないと心が保てなかった。
これは現実逃避なのかもしれない。
でも確かに『あの世界が間違いだった』という答えが私の心を救ってくれた。
「ん?」
そこで私は疑問が湧く。
魔法の才能?
私に?
「私に……魔法の才能……あるんですか?」
私がハンネさんに質問すると同時に部屋のドアをノックする音が響いた。
大仰な言い方になるかもしれないけれど……
そのノックの音は私の運命の歯車の音に聞こえた。
カチッと何かが嚙み合うような、錯覚を覚える……
そんな音だったんだ。
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