第39話 クレア編~救われた二人

 気が付いたら私は白いベッドの上にいた。


 辺りを見渡せば石造りの小さな部屋の中。

 そこは私がいるベッドと何も入ってない本棚、そして木製の椅子だけがある。


 部屋の雰囲気は牢獄を彷彿とさせた。壁には丸窓があるけれどそこから外には出られない。開閉できないタイプで外には格子もあった。


 泥だらけだった身体は綺麗に拭われ、服も着替えている。

 白いシャツに白いズボン。そんな自分の姿を見て私は囚人をイメージしていた。


 お腹は未だに少し痛い。シャツを捲ればそこにはガーゼと包帯でしっかりと治療されていた。ただガーゼには薄ら血が滲んでいる。


 でもそれは私にとってどうでもいいことだ。


 私は今、祈っていた。

 ベッドの上で両手を合わせ、必死で祈り続ける。

 神様なんて信じたことはない。仏様との違いもわからない。それでも私は我儘だけれど祈り続けた。それしかできることがなかったのだから。


 ふと、扉をノックする音が聞こえる。


「はい!」


 元気に返事をするとあの白い肌の女性が入ってきた。


 あぁ怖い。怖い。怖い。お願いします、神様、仏様。お願いだから、アイガを殺さないで……

 死刑の執行を受けるような気持ちになる。

 心臓の鼓動が果てしなく早くなった。

 呼吸ができない。息の仕方を忘れるほど神経が乱れる。

 それでも私は祈りを捧げた。


「彼だが……」


 お願いします……神様……


「先ほど意識を取り戻した。凄まじい精神力だな。幼子とはいえ感嘆に値する」


 その一言に私は放心する。

 良かった。ありがとうございます……神様……


 私は神に感謝し、そして泣き叫んだ。

 止めどなく涙が溢れる。恥も外聞もなく剥き出しになる感情の爆発。後悔と懺悔が入り乱れ私は泣き叫んだ。


 女性は椅子に座り、唯々私が泣き止むのを静かに待ってくれる。

 暫くして、落ち着きを取り戻した私は女性の方を向いた。


「ありがとうございました……ハンネさんのお陰で本当に助かりました。ありがとうございます……本当に……」


 私はまた泣く。

 白い肌の女性、ハンネさんはそっと私の頭を撫でてくれた。


「なに、気にするな。異邦人の保護は我々の仕事だ」


 ハンネさんはニッコリと笑う。その笑顔に私は安心を覚えた。

 彼女の名前はハンネ・クリンケルス。王都護衛師団部隊ロイヤル・クルセイダーズの二番小隊というところに在籍する兵士でとても偉くて強い人……らしい。


 ハンネさんは私たちを発見後、私とアイガを担いで近くの村まで走った。女性なのに子供二人を楽々と担ぎ足場の悪い森を颯爽と駆け抜ける様は本当に格好よくて同時に不思議だった。


 そこで一旦私の意識は途切れる。気絶したみたいだ。

 その後私が起きたときにはもうこの部屋にいた。しっかりと治療をしてもらって。


 私はすぐに部屋を出ようとしたけど、丁度ここに入ろうとしていたハンネさんと鉢合わせてすぐに部屋に戻されてしまう。


 曰く、まだ完全に傷が言えていないので寝ていろとのこと。


 その時にハンネさんに自己紹介してもらったのだ。


 あの鹿についてもこの時に聞いた。


 あれは魔獣という生き物の一種でブレード・ディアーという化物だそうだ。

 魔獣とは人間を好んで捕食する忌むべき存在とのこと。


 その説明を受けて、私は今、自分たちがとんでもない世界にいるんだと再認識した。だって日本にはあんな鹿の化け物なんていないし、何よりアイガがあんな目にあうこともない筈だから。


 私は気絶してから三日ほど寝ていたらしい。

 そこからさらに今まで三日ほど経っている。

 つまりもう六日も経過していて、その間ずっとアイガは戦い続けていたのだ。


 本当にアイガが生きていてくれて良かった。本当に。


 そこまでの邂逅を終え私は改めてハンネさんを見る。ハンネさんは優しい眼差しのままだ。その眼に私は救われた気持ちになる。

 もしアイガが死んでいたら私はきっと贖罪の意味も込めて自殺していただろう。

 そんな私の思惑は読まれてこの部屋が用意されたのかもしれない。何もない部屋。窓だって開かない。容易く自殺なんてできない部屋だ。


 しかし、アイガが生きてくれるなら話は別。私の現在の最優先事項はアイガだけなのだから。


 私はハンネさんにアイガの様子を改めて尋ねた。

 私の気持ちを汲み取ってかハンネさんは微笑みながら答えてくれる。


「意識は回復したが大怪我なのは変わりない。今は安静が第一だ」


 私は泣きながら首肯した。

 ハンネさんは「彼のためにも今は自分の身体を治すことだけを考えなさい」と諭してくれる。

 私はまた黙ったまま頷いた。


「まだ、治療は続いている。彼もまだ体力までは回復していない。故に会うのはまだ止めた方がいいだろう」

「あ……はい……」


 すぐに会いに行きたかったけれど私は素直にハンネさんに従う。これ以上我儘に動いてアイガを余計に傷つけるのが怖かった。


「さて……危機も去ったことだし少しお話をしていいか?」

「はい……」


 ハンネさんの雰囲気がガラリと変わった。

 緊張が走る。無意識に飲み込んだ唾の音が部屋の中で大きく響き渡った。

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