第42話 クレア編~一筋の光明
私は今、アイガが寝ている部屋にいる。
彼の部屋は私がいた部屋と違って広い。大きな机に椅子もあるし箪笥もある。書架には大量の分厚い本がぎっしり並べられていた。
さらに天井まで届く大きな棚があって、そこには色んな薬品の入った瓶が置かれている。そのためかこの部屋は少し臭いがきつい。薬品特有の臭いだ。
アイガは大きなクイーンサイズのベッドで寝ていた。子供の体型に合わないそんなベッドで寝ている彼はお飯事のお人形さんのようにも見える。
周りには色のついた液体がプカプカ浮いていた。その風景は異様にしかみえない。だけどこの液体がアイガの命を繋ぎとめている。
液体は先端が細い管のような形状になっていてそれがランガの鼻や口、手足、下腹部といった部位に刺さっていた。元いた世界でいう点滴などの類なのだろうか。
これがこちらの世界の医学。この様子を見て改めてここが魔法の世界だと思い知らされていた。同時に魔法が万能ではないことも知る。もしそうなら今頃アイガは元気に眼を覚ましているはずだから。
アイガは静かに眠っている。薬が効いているのか、私のことにも気づいていない。
身体中、包帯だらけ。見える肌は赤黒く腫れあがっていた。
痛々しいその姿。
そうしたのは誰?
私だ。
私が全ての元凶。
私は泣きそうになるのを我慢しながらアイガの横に座る。そっと彼の手を握った。
暖かい脈動が伝わる。それは彼が生きている証。
あの鹿の魔獣に襲われた時、どんどん冷たくなっていくアイガの身体に触れて私は恐怖した。
もう二度とアイガをあんな危険な目に合わせない。
そう誓いながら私はアイガが起きない程度に強く彼の手を握る。少しだけアイガが強く握り返してくれた。気のせいかもしれない。それでも私は嬉しかった。
そしてアイガの顔を覗く。
今泣いて、彼を起こすような馬鹿なことはしない。
「ごめんね、アイガ……」
そう呟き私は彼の唇に口づけをした。
これから私は贖罪の道を歩く。
これは決意の証。
一方的で傲慢だけど、今は黙って受け取ってほしい。
そんな大人びた考えをしながら私はアイガの部屋を後にした。
シャロンさんから教えられた一筋の光明。
それは……
私が
私がいるボルティア大陸、ガイザード王国はその名の通り王政。ここは王様が政治を担っていた。
その王様は十年に一度、王都護衛師団部隊の中で最も成果を上げた者に褒美を与えるそうだ。それを『謁見の儀』というらしい。
そこで本来は褒美として莫大な報奨金がもらえるのだが、その報奨金を辞退する代わりに王族に伝わる七つの魔法具の内の一つを使える権利が与えられる。
七つの魔法具はその希少性と他に類を見ない特異な力を持つことから『神の忘れ物』と呼ばれていて絶大な魔法が使えるものばかりらしい。
その『神の忘れ物』の内の一つを使うことが私の最大の目標である。
それがどんな形なのかはシャロンさんでも知らないらしい。
しかし、これは魔法のある世界と魔法の無い世界を渡ることのできる唯一の魔法具なのは確かだそうで、過去に一人だけ『謁見の儀』でこれを使い向こうの世界に行った人間がいるとのこと。
そう、これだ。
これを使って私はアイガを向こうの世界に帰す。
『神の忘れ物』はそれ一つで国家を揺るがすほどの力を持っていて、それが七つもあるからこの国は大陸一つを収められるほど強大な国力を形成しているとシャロンさんは言っていた。
それにこの『神の忘れ物』はその一つでも発動するのに莫大な魔力が必要になるらしい。とても一介の魔法使いじゃあ使えないとのこと。
だから皆報奨金を選んでいるそうだ。使えない魔法具よりもお金のほうが現実的だから。
けれどシャロンさん曰く私の魔力なら問題なく発動できるとのこと。私はその言葉を信じることにした。
来年に『謁見の儀』があり、それにはどうしても間に合わない。
だけど、その次。十一年後なら私は二十一歳。順調にいけば『謁見の儀』にて魔法具を発動できるかもしれないと言ってくれた。
『謁見の儀』で褒賞の権利を貰った最年少記録は二十五歳らしい。私はその記録を抜かなければならない。
「貴方なら可能でしょう。この高純度の魔力ならね」
シャロンさんはそう言ってくれた。
「しかし……クレアはまだ十歳。大丈夫でしょうか……かなり厳しい……茨の道です……し」
その横でハンネさんは気負う私を心配してくれている。
気持ちはありがたい。
でも……できるとかできないとかじゃない。
やるんだ!
やるしかないんだ!
これは使命であり贖罪。『できない』なんて選択肢は最初から無い。
「大丈夫です」
私は力強くそう宣言するもシャロンさんとハンネさんの表情は変わらなかった。
「クレア、よく聞きなさい。過去にその魔法具を使った人間はこちらの世界に帰ってきていない。だから本当に行けたのかどうかもわからないんだ。つまり確証がない。それでもやるのか?」
ハンネさんは尚も心配してくれる。
だけどその言葉を聞いても私の決意が揺らぐことはなかった。もう迷いはないのだから。
私にはこれに賭けるしかないんだ。
せめてアイガだけでも……向こうの世界に帰さなければ。十一年。貴方の人生を奪うことになるけれど……必ず貴方を向こうの世界に帰すから……
私は心の中でそう誓う。
「やります!」
シャロンさんとハンネさんは顔を見合わせた。二人の表情が少し変化したように見える。
「どうやら決意は固いようですね。ハンネさん、すみませんがお紅茶作ってきてもらえます? 彼女の分も。祝杯代わりに頂きたいの」
「わかりました……」
ハンネさんは一礼して部屋を出ていった。
「貴方の覚悟はわかりました。私はできるだけ貴方をサポートしますわ」
「お願いします!」
私は頭を下げる。
少し間を置いてシャロンさんは話し始めた。
「実は私、一か月後に王都護衛師団部隊を除隊しまして、こちらの世界で有名な魔法の学校の学園長になりますの」
シャロンさんは笑いながら持っていた鞄から紙を取り出して私に渡す。
それは羊皮紙だ。その粗い茶色の紙には『ディアレス学園』と書かれていた。
「ディアレス学園というのはこのボルティア大陸にある三大魔法学校の一つです。とんでもないエリートたちが集まる学校です。貴方の第一の目標はこの学園の特別科に入ることですね」
シャロンさんはディアレス学園がどういうところなのかを教えてくれた。
そこは才能のある魔法使いの子供たちが集まり切磋琢磨する場所。毎年何人もの天才が生まれその殆どが王立護衛師団部隊に入隊するそうだ。
曰く、エリート養成学校なのだとか。
この学園で優秀な成績を治めれば自ずと王立護衛師団部隊に入る道は開ける。それが一番の近道だとシャロンさんは言っていた。
さらに特別科に入れればその道はより強固となる。首席での卒業となれば『謁見の儀』に呼ばれる可能性が一気に高まる。その狭き門を私は潜り続けなくてはならない。
だがそれを聞いても今更私の目標が揺らぐことは一切なかった。
ディアレス学園は三年制。私が元々いた世界でいうところの高校みたいなもの。そこで学び己を高めればいい。
そして最速最短で『謁見の儀』にて魔法具を発動する。
それだけだ。
それは長く険しい道のり。一つのミスも許されない。
それでも私は進むだけ。
後ろを振り返ることも立ち止まることも許されない。
弱音なんて吐いていられない。
強くなる。誰よりも強くなってやる。
必ず……必ず私はアイガを元の世界に送り届ける。
シャロンさんと話して私の心に熱い決意の炎が宿った。
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