第27話 初任務-回想
「貴方たちに任務を与えます」
シャロンはそう言い放った。
昼過ぎの学長室。窓からはまだ暖かい日差しが入ってくる。
俺とクレアが並んで座り、それに対面する形で座るシャロン。中央にある豪奢な来客用の白亜の机には数枚の書類が置かれていた。
「貴方方はこの世界の仕組みをどこまで把握しているかわからないので一から説明しますね」
シャロンは教師らしい振る舞いで和やかに笑いながら説明を始める。
「この世界には魔法使いがいます。さらに魔法使いは戦闘の魔術師、研究の魔導士に分かれます。厳密に説明するなら魔術師も魔導士も職業の名前ではありません。貴方達にわかりやすく言うならばそれは大雑把な呼称であり称号であり資格に近いもの……かしら」
シャロンは空々しく首を傾げた。ただ俺もクレアも無反応だ。シャロンは少し不満そうな顔で説明を続ける。
「ふぅ。魔術師、魔導士が担う職業としては『王都護衛師団部隊』の隊員か『国立ギルド』所属、『民間ギルド』所属の魔法使い……になるでしょうね。それ以外の職種もありますがここでは説明を省きます。今は不必要なので」
俺達のリアクションの薄さが気に食わないのか歳に似合わない膨れっ面で説明するシャロン。傍から見れば可愛いのかもしれないが、その腹にどす黒いものを飼っている女のブリッコなど食虫植物と同じようなものだ。
油断した瞬間に喰われる。
「『護衛師団部隊』と『国立ギルド』は国営のものです。対して『民間ギルド』はその名の通り民間の経営するギルドです」
シャロンはそこで紅茶を一口飲んだ。
俺たちにも飲むよう促すが俺もクレアもティーカップにすら触れない。
シャロンは和やかな笑顔を崩さず説明を再開した。
「王都護衛師団部隊はエリートの集まり。その使命は王都、引いては国家のために尽くすことです。一方でギルドというのは市民からの依頼を集め所属する魔術師に仕事を斡旋する場所です。魔法に関することが多く魔術師が基本的に仕事を受けますが、一応魔導士も所属しています。が、こちらを説明すると今はややこしくなるので省きますね。必要なら後日レクチャーします。で、ギルドに舞い込む主な依頼というのは魔獣退治、薬草や鉱物の採取などですね」
俺は頭の中で整理する。この辺りのことは師匠から習っていた。
シャロンの説明通りギルドとは斡旋業みたいなもの。市民から依頼があったときに賃金を受けて所属する魔法使いに仕事を回す。受けるかどうかは魔法使い次第。仕事内容と報酬のバランスで判断するのだ。
ギルド所属の魔法使いというのは魔法使いの中で憧れの的であり民間ギルドは特に人気がある。その殆どが歩合制で、強ければあっという間に高額の賞与を得られるのだ。名声と共に。その分弱ければすぐに淘汰されてしまう。
最悪、死んでしまうことだってある。
それでもギルドというのは人気な職だ。
ただ、サービスは良いが民間ギルドは基本的に高額。魔獣退治は国から補助金が出るので率先してやってくれるらしいが採取クエストなどを依頼する場合は高額な金額になるため大手の業者以外は中々頼みにくいとのこと。
逆に国立ギルドはそうした金額が払えない人達が頼む公的な施設。
しかしこちらは依頼の量が多すぎるため長期間待たされることがデメリットとしてある。
また、どこの世界でも同じなのか行政故にサービスが悪くさらに優秀な魔法使いも少ないことから任務達成率が低いこともあって市民からは不人気な側面もあった。
他方で安定と安全を好む魔法使いや一線を退いた魔魔法使いなどが在籍しており一概に劣悪というわけでもないのだが。
この世界では金があるならとにかく民間ギルド、金はないが時間があって妥協できる者は国立ギルドに頼めと言われている。
「ギルドというのは官民関わらずとても人気があります。この学園の卒業生も敢えて王都護衛師団部隊に入らずギルドの魔法使いになる者もいますからね。それくらい誰からも憧れられていて、市民からも信頼されているのです。ただ……国立ギルドのほうに舞い込む依頼の量は膨大で毎日何千何百という依頼がきます。とてもじゃありませんが捌ききれません。そこで……」
シャロンは机の上に置いた書類を指さした。
「我々のような優秀な魔法使いを育成する学園が国立ギルドにやってくる依頼の中から比較的簡単なものを国に代わって着手しているのです」
シャロンの示した書類の上部には『採取』と書かれた文字と値段らしき数字が書き込まれている。
「え? これって私たちがするんですか? え? 私たちまだ学生ですよ」
クレアは困惑していた。
俺はそこまで驚いていない。
というのも、俺がこの学園に来る際、シャロンから言われていたことがある。
俺は進級に必要な『契約』が行えない。その代わりにシャロンから出された指令を達成することで『契約』の単位の代替にするというものだ。
細部までは聞いていなかったがこの書類の任務を熟すことが進級に必要な指令とやらであることを俺は察していた。
「学生が熟すのは結構当たり前のことですよ。カリキュラムとしては入っていませんけどね。三年生になったら志願者を募って行ってもらっています。基本的に危ない任務はありません。これは訓練も重ねていますから。それにこうやって国立ギルドの任務を達成していればそれが功績となって官民関係なくギルドに入れやすくなります」
そんな綺麗事なだけがない。シャロンから邪悪な企みを感じる。
俺は彼女が一瞬不敵に笑ったことを見逃さなかった。
「学生はレベルアップと自分を高く売れる機会が手に入ります。国立ギルドは任務が片付きます。市民は早く任務を熟してもらえます。これは皆がウィン・ウィンになれる素晴らしいシステムですよ」
シャロンはにこやかに紅茶を飲む。腹に隠れたどす黒い感情を隠すように。
「え……と……」
クレアはまだ混乱していた。シャロンの説明を無理矢理納得しようとしているように見える。
シャロンは上手い。
今、クレアは惑っている。
俺をここに入学させた怒りが乱れるほど混乱しているのだ。怒りすら消えそうになるほど。その隙にシャロンは一気に彼女を懐柔する気だろう。
シャロンの根底にあるのは騙欺のみ。詐欺師よりも狡猾なのだ。
だが、今はそれに乗るしかない。
俺としてもクレアの怒りを消すことは重要だ。シャロンの策略に乗るのは癪だし、クレアを騙す形になることになるのは慙愧に耐えないが、背に腹は代えられない。
俺は心に流れる悔恨を我慢するかのように拳を握った。
「つまり……この任務を私とアイガでやれということですか?」
やっと得心がいった様子のクレアが尋ねるとシャロンは指を鳴らす。
全てが嘘くさい。三文役者の舞台のようだ。
「その通りです。特にクレア、貴方は王立護衛師団部隊志望ですが一年生から任務を熟したというのは部隊に対して良いアピールになります。そしてこの任務で見極めればいいのです。彼が守るべき存在なのか、どうなのかを……」
シャロンの挑発的な目。クレアはそれ以降黙り込む。
対照的に俺の心に覚悟の火が灯った。
これは俺にとって進級のための初任務であると同時に、クレアに俺を認めさせる絶好のチャンスなのだから。
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