第26話 初任務ー道中

 現在、俺はクレアと深淵の森にいた。辺り一面に広がるは漆黒の世界。遠くの方から得体の知れない不気味な鳥の劈く声が聞こえてくる。


 クレアは俺の前を早足で歩いていた。一度もこちらを振り返らない。俺は彼女の揺れる綺麗な髪の後を従者のように追っている。

 クレアの赤銅の髪は現在ポニーテールのようになっており、緑の石が付いた可愛い髪留めがキラキラと輝いていた。久方ぶりに邂逅した時の無造作な髪形も素敵だったがこの髪形もクレアに似合っていて可愛い。


 それに馨しい彼女の匂いもある。仄かに甘い、美味な果実を思わせる香り。


 それだけで幸せを感じていた。はずなのだが、どうにも重苦しい雰囲気が俺とクレアの間にはある。


 クレアの右手からは赫灼の炎が灯り松明の如く辺りを照らしていた。それは彼女の魔法によって発生しているものだ。


「この服、思ったより動きやすいんだな。生地も伸びるし」


 俺の言葉にクレアは何も答えない。只管まっすぐに歩くだけ。ここに来てからずっと彼女は口を開いてくれていない。


 そんな状況だが俺は少し嬉しかった。あの時と……この世界に来た時と殆ど同じ状況で懐かしさを感じていたのだ。

 あの時もこんな深淵の森だった。あの時は近くに川がありその川縁を共に歩いた。

 それすら懐かしい。ほんの五年前の話なのに。


 あの時もクレアは俺の前をずっと歩いていたな。今と全く同じだ。

 クレアは無様に泣き言を漏らす幼かった俺を見捨てずしっかりと先導してくれていた。


 彼女はどこまでも優しい。


 あの時も、俺を助けてくれたのだから。

 思い出が脳内で咲き乱れ俺は少し笑っていた。

 ただ、無視され続けるのは、それはそれでしんどいのだが。

 会話をしたいという欲求も募る。


 因みに今、俺は漸く手に入ったディアレス学園の制服を着ていた。学長室にてシャロンより直接手渡され着替えたのだ。確かに動きやすい。森の険しい道を歩いているのに一切支障が無い。


「初めてここへ来た時と似てるな、クレア」


 俺は思い出話に花を咲かせようかと思ってクレアに話しかけた。この話題ならもしかしたら反応してくれるかもしれないと淡い期待を抱く。


 しかしクレアは俺をキッと睨んだ。全てを拒む絶対的な拒絶が宿った瞳。その瞳の力に俺は笑顔を消し、項垂れた。


 ここに来てから……否、学長室を出た直後からクレアとは一言も話していない。


『会いたくなかった』

 彼女の視線に射抜かれて、あの一言が脳裏を過る。瞬間、身体が雑巾絞りのように捻じ曲がり俺の体内にある全てを搾り取ろうとする錯覚を覚えた。


 それほどの精神的ダメージ。


 違うことを考えよう。でなければ俺の心が死んでしまう。


 ここはディアレス学園から遥か西方にある森林地帯、『アルノーの森』と呼ばれる場所だ。


 普段、人の出入りは皆無。

 魔術師か魔導士、王都護衛師団部隊ロイヤル・クルセイダーズくらいしか来ないような森林である。昼間でも仄暗い場所で夜の帳が降りた今は完全に闇一色だ。


 この森にはトライデント・ボアやシャドー・エイプが可愛く思えるような魔獣がうじゃうじゃいる。


 まさに危険地帯だ。そんな場所に俺とクレアは二人でいる。

 因みにここへはワープ魔法陣を使ってここへやってきた。あれは本当に便利なものだ。


 では何故ここに来ているかというと、話は数時間前に遡る。

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