第23話 邂逅
「大丈夫? アイガ君?」
ロビンは心配そうに見つめてくる。それに俺は何も応えられない。
少し間が開いた。
「あ! 名前も告げずに交渉とは失礼しました。そうですね、初対面でいきなり人様の物を頂くなんて無礼でした」
どうやら彼女は固まる俺を見てお門違いの勘違いをしてくれたようだ。本当は違うのだが否定すらできない。
「私、特別科一年のサリー・ガードナーと申します。こちらの方はわかりませんが、見たところ貴方は同じ一年生の方ですよね」
茶髪の女性、サリーはロビンの方を見た。
ロビンがまた驚いたような表情になる。
「あ、はい……そうです。僕も彼も普通科の一年生です。僕はロビン・アーチャー。彼はアイガ・ツキガミ君です」
ロビンが俺の代わりに紹介してくれた。
「アイガ……ツキガミ……はて……どこかで……あ! 貴方はアーチャー家の方ですか。お初にお目にかかります。挨拶が遅れたこと申し訳ありません」
サリーは少し間をおいて頭を下げる。
「いえ! そんな! ガードナー家の方にそう言っていただけて光栄です。だから頭を上げてください」
ロビンが慌てていた。言動から察するに彼女も貴族なのかもしれない。それも高位の。
「いえいえ、私自身は大したものではありませんから。そういえば昨日は大変だったみたいですね。魔獣が現れたそうで」
どうやら魔獣のことはもう特別科でも広がっているようだ。
「はい。でも誰も怪我してませんし、大丈夫です……でした」
ロビンは緊張しているのか少し声が上ずっている。
「それは良かったです。それで……その……クレイジー・ミート、分けて頂けますか? すみません、無理なお願いをして」
いつの間にかサリーの視線も身体の向きもロビンの方を向いていた。完全にロビンと交渉するつもりなのだろう。
ただ、俺はもうクレイジー・ミートなどどうでもよかった。
動かない脳と身体がどんどん熱くなっていくのを感じている。メルトダウン寸前の原子炉のようだ。
今、周りを囲む人垣の視線は全て俺達に向けられている。そこには先ほどまであった羨望も怨恨も薄れ、彼らは完全に傍観者に徹しているようだった。
そこまで俯瞰で見えているのに。何故か身体が反応しない。歯痒さでいっぱいだ。
「サリー、無理強いとかはダメよ。ダメならダメで諦めるから」
その観客の中から一人の女性がやってくる。赤く燃えるような赤銅の髪の女性だ。
その女性を視認した瞬間、俺の中で何かが爆ぜた。
「無理強いなどしていません。ちゃんとした交渉ですよ」
サリーは猫なで声でその女性に話しかける。
「そう? だってさっきから彼黙ったままよ。もしかしてダメなんじゃない?」
「きっと我々が急に現れたから緊張しているんですわ。交渉には問題ありません。ご心配なく」
「え!? 『
ロビンが今日一番の驚いた表情になった。
「ちょっと……その名前で呼ばないで。仰々しいから嫌いなの。見たところ同じ一年生よね。こっちの人も?」
「はい、普通科の方々だそうです」
「あ、そうなんだ。とりあえずじゃあ、ちゃんと自己紹介しましょうか。その二つ名あんまし可愛くないから嫌なの」
「あ! あ……僕、ロビン・アーチャーです」
「ロビン君、よろしくね。私は……」
「クレア!」
俺はつい大声を出してしまった。
「ほへ!?」
赤銅の髪の少女は驚き目を丸くする。
「クレア! 俺だよ!」
今までストップしていた感情が濁流の如く溢れ出した。
脳も身体もリミッターが外れる。観客から登場人物に戻れた反動なのか、爆ぜる感情の激動はもう自分でも止められなかった。
俺は彼女の両肩を掴む。
「ほへほへ!?」
クレアは驚きたじろいだ。混乱と戸惑いが見て取れる。
だが、俺は止まらない。止められなかった。
「ちょっと! 貴方! 不埒な!」
後ろからサリーが俺の服を引っ張るが俺は一切気にしないし、微動だにしない。
業を煮やしたサリーが魔法を発動しようとしたがそれでも俺はお構いなしだった。
そんなこと気にしていられない。
やっと会えたんだから。
目的のアイツに……彼女にやっと会えたんだから。
何をされようと、どんなに阻まれようと、俺はもう止まることなど無かった。
「俺だよ! アイガだよ! 月神藍牙だよ!」
「藍……牙? アイガ? アイガ!?」
クレアは俺の顔をマジマジと見てやっと気づいてくれたようだ。
輝く赤銅の長い髪。オニキスのような美しい黒い双眸。可愛い顔立ち、華奢な身体、天使のような声、何も変わっていない。多少成長しているけれど見間違うわけもなく、一瞬で理解できた。
クレアだと。
俺が探し求めていた相手、
「そうだよ! 俺だ! アイガだ! やっと会えた。クレアに会いたかった。君に会うために俺はここへ来たんだ!」
クレアは俺をマジマジと見る。
俺も成長していた。
多分、クレアの思い出の中の俺と今の俺では乖離が激しいだろう。
だけど、顔形はそこまで変化していない。俺がクレアに気付いたのと同じで彼女もまた俺のことをちゃんと思い出してくれるはずだ。
これは予想じゃない。確信だった。
「本当にアイガ……なの?」
クレアの愕然とした表情を見てサリーは魔法の発動を止める。ロビンも静かに俺を瞠っていた。
周囲もおかしいと思ったのか先ほど以上に視線が集まってくる。
しかし、俺はそんなこと心底どうでもよかった。
「どうして? ここ、魔法の学校だよ? なんでアイガがいるの?」
「クレアに会うために鍛えてここにやってきたんだ。魔法の学校でやっていけるように頑張ったんだよ」
俺は今までの全てに感謝していた。
あの苦しかった修行の日々に耐えたのも汚い大人の謀略に乗ったのも全てこの日のためだ。
「やっと……会えた。今度こそ、必ずお前を守って見せる」
俺はクレアを抱き寄せた。
彼女の温もりが伝わってくる。
暖かい。
今、俺の全てが報われた。
「やめて!」
クレアが急に俺を突き放す。
「?」
これは予想していなかったことだ。
どうして?
クレアもこの再会を喜んでくれると思っていたのに……
「なんで? クレア?」
俺がまた一歩近づく。
瞬間、強烈な痛みが右頬に伝わった。
クレアからビンタされていた。
意味が分からなかった。
何故?
「来てほしくなかった……ここに……来てほしくなかった……会いたくなかった!」
涙を流すクレア。
何故?
会いたくなかった?
混乱と思考が入り乱れる。
全てが報われると思った。
クレアは再会を喜んでくれると思った。
だが、現実は違う。
ダメだ。もう何も考えられない。
クレアは泣きながら俺から遠ざかっていく。
待ってくれ。折角会えたのに。
そんな言葉すら吐けなくなった。
絶望という闇が目の前を染め上げる。
クレアの言葉に俺の心は完全に砕け散ってしまった。
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