第21話 クレイジー・ミート-後編

 俺達二人は研究棟に辿り着いた。

 既にそこは人の山。俺達より早く向かった連中や追い越していった連中も人垣の後ろの方で手を拱いている。

 クラスメート達も含めここにいる全員がどうやらクレイジー・ミートを求めているようで我先にと蠢く様は異様であった。


「あ~やっぱり無理っぽいねぇ~研究科の人達がまだ合宿中だから人は少ないほうだけど……二年生や三年生の人でごった返していてとてもじゃないけど買えなさそうだよね~」


 ロビンが残念そうな顔になっている。確かに目の前の人の多さには驚くばかりだ。これで研究科の人間がいたらもっと大人数なのかと思うと少しぞっとした。

 眼前の風景は元の世界にいたときにテレビで見たおばさん達のバーゲンセールの際の奮闘と酷似しているようにも見えるし、戦争映画の中で見た配給に群がる市民にも見える。


 どちらにせよ、人が押し寄せる様は恐怖とリンクした。


「ほらほら~お前たち! 魔法は使うなよ! ここは研究棟のお膝元! 魔法は禁止だからね!」


 遠くの方でしゃがれたおばちゃんの怒声が聞こえてくる。


「ん? 魔法は禁止なのか?」

「うん、研究棟では危険な実験や魔法によって変化する魔法陣の研究とかやっていて他の要素が入らないように徹底的に魔法を排除しているんだ。だから研究棟の周り十メートルは魔法禁止になっているよ。ほら、わかりやすいように印もあるし。まぁ、簡易的な防御魔法があるからある程度の魔法なら弾くけどね。それでも安全性のため原則、研究棟の周りじゃあ魔法は禁止なんだ」


 ロビンは地面を指さした。

 確かに研究棟の周囲の地面のタイルの色が橙色になっている。ただのデザインかと思っていたが、どうやらこの橙色の中は魔法が禁止になっているようだ。

 ここ以外の場所は青や緑といった寒色系のタイルが貼られている。そこは魔法を使っていいのだろう。実に分かりやすい。

 魔法禁止という言葉に俺は一計を案じた。


「ロビン、そのクレイジー・ミートっていくらだ?」

「え? 確か二鉄貨くらいだったよ」


 俺は自分のポケットを弄る。因みに今日も俺は学ランを着ていた。まだ制服が届いていないのだ。ポケットには学生証と貨幣が裸で入っている。学生証だけポケットに残して貨幣を適当に取りだした。鉄の貨幣、鉄貨が五枚。大丈夫だ、足りる。

 俺は橙色のタイルに蠢く人の山に向かって走り出した。


「え!? アイガ君! 危ないよ!」

「行ける! 行ける! 待ってろ、ロビン」


 俺はロビンを背に、するすると人垣の隙間を縫って購買部を目指す。

 魔法禁止なためか強化魔法すら使っていない人の群れは確かに脅威だが、俺は時には謝りつつ、時には避けつつ、どんどんと中央へ進んでいった。


 しかし、途中で止まってしまう。これ以上無理に進むと怪我人が出るレベルだ。予想外の人口密度。中に行くほど圧死してしまいそうな人の肉の壁が迫る。ここまでくるとは予想外だった。


 こうなったら、地面を這って前に行くか、それとも人の頭を飛び越えるか。そんなことを思案する。


 その時。


「そら! これでラスト二つだ! 取ったもん勝ちだよ! あと何回も言うけど魔法は禁止だからね! 使ったやつは没収だからね! それ!」


 なんと、購買部のおばちゃんが銀色の塊を空中へと放り投げた。言動から察するにあれがクレイジー・ミートと見て間違いないだろう。

 一斉に湧く大衆のどよめき。全員がまるで餌を投げられた生け簀の魚のように我先に手を伸ばした。こうなると成長期で身長のある高学年が有利だろう。が、俺というイレギュラーがいなければの話だ。


 これはまさに僥倖。

 前進する方法を考えあぐねいていた俺にとって空中に投げてもらえるならば、さらに魔法が禁止という条件も加味すれば、もはや独壇場だ。


 俺は素早く、隣の人物の肩を起点に飛び上がる。


 そして放り投げられた銀色の塊を空中で颯爽と奪い取った。他の人間の諦念と悲哀の慟哭が混ざる中、俺は姿勢を正し誰もいない地面に綺麗に着地する。


「おばちゃん、頂くよ」

「見事だね~あんた。見慣れない服着てるけど学園の人間かい?」


 学ラン姿の俺を訝るおばちゃん。確かに見た目だけなら完全に部外者だ。他の生徒たちも怪訝な視線を俺に送ってくる。


 ただこの質疑は想定通りだったので慌てずポケットから学生証を取り出した。おばちゃんはそれをマジマジと見た上で、


「ふむ、確かにこの学園の生徒みたいだね。しかし、強化魔法も使わずにあんな動きできるとは大したもんだ。いいよ、持っていきな、それはあんたのもんだよ」


 俺はクレイジー・ミートの購入に成功する。

 おばちゃんから了承を得たことで他の生徒たちは一応納得してくれたようだ。そして購買部のおばちゃんは中々の眼力をお持ちのようでもあった。俺が強化魔法を使っていないことを看破したのだから。

 見た目はどこにでもいそうな恰幅のいいおばちゃんだがこのディアレス学園で働く以上もしかしたら高名な魔法使いなのかもしれない。


「嘘だ……マジで……」

「本当に魔法使ってないの? あんな動きして?」

「でも、おばちゃんが言うなら……」

「ちくしょう……」

「くそ……」


 後ろからまだ諦めきれない一部の人間の恨めしい声が聞こえてくる。おばちゃんのお陰で俺が魔法を使っていないことは証明できたが、彼らの怨嗟が渦巻いていた。あまり長居するのは得策ではない。


 俺はそそくさとおばちゃんに金を払い、また人垣をするすると抜けてその場を立ち去った。

 行きは中々のしんどさだったが帰りは思いのほか楽だった。既に目当てのものが無くなり皆力が抜けているようだ。


 ロビンの下へ帰還すると彼の顔が高揚していた。


「凄いよ! アイガ君! まさか! クレイジー・ミートを手に入れるなんて!」


 興奮が最高潮に達しているロビンに俺は戦果のクレイジー・ミートを一つ手渡す。


「え?」


 一転して拍子抜けしたかのような顔になったロビン。


「お礼だよ。昨日からずっとロビンには世話になっているからな。なんとか二つゲットできたし一個やるよ」

「ええええええ! 良いの!?」


 満面の顔になるロビン。そこまで喜んでくれるとは思ってもみなかったが、なんだか俺まで嬉しくなってしまった。

 昨日からずっとロビンに世話になりっぱなしで、彼がいなかったから俺はこの学園でここまでちゃんと生活できていなかっただろう。呆けて記憶が曖昧になっているときから心配し続けてくれたロビンには感謝してもしきれない。


 これはせめてもの恩返しだ。


 俺とロビンは意気揚々と近くのベンチに腰掛ける。

 何人かがこちらを羨望の眼差しで見ていた。その中にはクラスメート達もいたが誰一人「分けてくれ」とは言ってこなかった。クラスメートのよしみで言ってくれれば分けるつもりでいたがそれすらないのは少し寂しいものである。


 まぁ、昨日から色々あったのでこればかりは仕方が無いのかもしれない。

 俺は気を取り直し、ロビンと二人で同時に幻の商品に刮目した。


 その圧倒的な存在感が俺の憂いを一瞬で消し飛ばす。それほどの魔力と魅力をクレイジー・ミートは放っていた。

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