第20話 クレイジー・ミートー前編
「大変だ! 大変だ!」
息を切らしたクラスメートが教室に入ってくる。
何か話したいらしいが呼吸がままならず、落ち着くように深呼吸を二、三回繰り返した。
全員の視線が集まり、俺も何事かと耳を傾ける。
「皆! 購買部に伝説のクレイジー・ミートが発売されているらしいぞ!」
クレイジー・ミート? なんだそれ?
俺は拍子抜けした。
その程度のことでこんなに慌てていたのか?
昨日と同じく魔獣が出現したのかと思ったが肩透かしを食らった気分だ。
俺は半ば呆れながら心の中で溜息を吐いた。
しかし、そんな俺とは裏腹にクラス中が一気に慌ただしくなる。
「ん?」
全員が「凄い」などと叫び狂喜乱舞していた。昨日の魔獣騒ぎもどこ吹く風だ。先ほどまで一様に不安な顔をしていたが今は完全に嬉々とした表情になっている。そのあまりの変貌ぶりに俺は少したじろいでいた。
「アイガ君! これはビッグニュースだよ!」
不思議そうな顔をしている俺にロビンが話しかけてくる。ロビンもかなり興奮していた。
「何があったんだ?」
「クレイジー・ミートが発売しているんだよ! 滅多に入荷されない幻の一品だよ! あまりの美味しさに中毒者になる人間が多発しているんだ! それくらいの逸品なんだよ!」
中毒……それは合法的なものなのか?
という疑問が湧いたが、まぁ学び舎にあるものなのだからそんな変なものは売らないだろう。
ただ、ロビンが魔導士関連以外でここまで興奮するくらいなのだからとても凄いものなのだろうとは思った。
「そんなに旨いのか? それ」
「旨いなんてもんじゃないよ! あまりの美味しさに学園中が奪い合いをするほどの伝説の一品なんだから! 前回はおこぼれを少しだけもらえたんだけど、それだけですんごい美味しかったからね! また食べたいなぁ」
成程、奪い合いが起きるほどの幻の一品か。それでクラスがこんな騒ぎになっているのかと得心がいった。
魔獣騒ぎすら吹き飛ばすほどの食品。確かに旨いものは正義だ。美味なる食材はそれだけで戦争を引き起こす。
それにそれほど旨いものなら食ってみたい。
そう思いながら周りを見渡すと皆、嬉々とした表情をしているが買いに行こうとする者は少なかった。
ロビンも一向に出向こうとしていない。
それが俺には謎だった。
あれだけ皆騒いでいたのにいざ手に入れようとする者がこんなに少ないのか、と。中毒者が出るほど旨いなら急いで買いにいけばいいのに。
「買いに行かないのか?」
俺はロビンに問うた。
「無理だよ。もう売り切れているかもしれないし。それに……」
ロビンの顔が一転して曇る。
「あの争奪戦は凄絶で……とてもじゃないけど僕じゃあ買えないよ」
今度はがっかりした表情になった。
どうやらクレイジー・ミート争奪はかなり高難度らしい。
成程、それを知っているから買いに行く者が少ないのか。中毒になるほど旨いのにそれを手に入れることを諦めるほどの争奪戦。
俺としてはそちらに興味が湧く。
クラスはおこぼれを貰うか、その話題だけで満足するか、そんな感じだった。
火急の知らせをしたクラスメートも自分の机で息を整えている。買いに行く素振りは感じられなかった。
「とりあえず、行くだけ行ってみようか、購買部に。どっちにしろ、俺は腹が減ったから何か食いたい」
「そうだね……もしかしたら誰か分けてくれるかも」
空腹を満たしたい俺と淡い期待をするロビン二人で購買部へ向かう。
俺達が教室を出るとやっと決心がついたのか、何人かのクラスメート達も飛び出した。全速力で駆けていき、あっと言う間に俺たちを追い越していく。
俺とロビンはその様を見ながら慌てず自分たちのペースで歩いた。
購買部は研究棟と呼ばれる棟の一階にある。
研究棟の横には食堂があり、この時間帯は学園の殆どの生徒がそこに集まっていた。
その道中、ロビンが不意に魔獣を斃したときの話を聞いてくる。俺があの後から様子がおかしくなったため心配してくれていたようだ。
ただ、様子がおかしくなったのは魔獣を斃したからではなく、アイツに会えなくなったからなのだが。
その辺りは恥ずかしいので、それと俺が魔法を使えないことはまだ黙っておきたかったので上手く誤魔化しながら返答した。
「山にいたころから魔獣には慣れているんだ。アイツら下級魔獣だったから俺程度でも斃せただけだよ」
「いやでもアイガ君は凄いよ。なんたって魔法無しで退治しているんだから!」
「違う、違う。強化魔法は使っていたさ。近くにデイジー先生もいただろ? だからちょっと頑張って戦っただけさ」
「そうだけど! やっぱり凄いよ! アイガ君は。僕なんてビックリして固まって何もできなかったんだもん!」
ロビンのキラキラした目が嘘を吐く俺の罪悪感を刺激する。
そんな立派なもんじゃない。ただ化け物が化け物を殺しただけ。あれは言わば共食いみたいなものなのだから。
ロビンの眼差しが俺はどこか後ろめたく感じる。
その羨望が輝くほど、俺は断罪されているような気がしてしまうんだ。
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