第19話 授業
俺は黒板に書かれた授業の内容をノートに書き込む。
今までのことは全て授業の内容だ。
一応、あらましは師匠から習っていたが改めて学ぶと魔法使いと魔法の進化には圧巻の一言だ。
より強く、より手軽に。どこの世界もその理念は変わらないのかもしれない。
そして、この契約が発見されたことで俺の『魔人の証明』はお役御免になった。元々理論通りの結果を残せなかった『魔人の証明』はそこから研究を積み重ね実戦レベルへと昇華させる手筈だったらしいが、結局は契約という究極の進化の前に消え失せ遺物となる。
俺からしても契約とは少なからず因縁のある事柄なのだ。
デイジーがまた黒板に新しい内容を書き込んでいく。感慨にふけていた俺は慌てて筆を走らせた。
「契約の誕生により魔法使いはより顕著に『魔術師』と『魔導士』に分かれることになる。『魔術師』は契約によって戦闘に特化し、『魔導士』は魔法陣や詠唱に可能性を見出した。
黒板を叩きながらデイジーがそう言った。
俺はその言葉もノートに書いていく。
確かにあのワープ魔法陣は素晴らしかった。魔力の無い俺でも魔法を使ったと錯覚できた。それに便利だ。あんなものを生み出すとは本当に魔導士という存在が尊敬されるのもわかる。
庶民からすれば生活の水準を上げてくれる魔導士のほうが身近な存在で憧れ、敬うのは当然だろう。
魔力が無いからこそ俺……無論魔法石の数珠有りきだが、魔導士の恩恵を深く感じることができた。
「今の時代、契約は魔術師にとって当たり前だ。魔術師を名乗る以上契約していることは前提である」
ふと、デイジーが黒板に文字を書くのを止めこちらを見る。睨んではいないがそれに近い眼差しで教室の雰囲気が少し強張った。
「これはもう知っていると思うが……君たちは二年進級時までに各々契約を行ってもらうことになっている。契約ができなかった者はこの学園を去ることになっているからな。皆、当然その覚悟はあるのだろう?」
デイジーの冷たい言葉に全員が息を飲む。教室の雰囲気が今度は一瞬で凍り付いた。
このことは俺もシャロンから聞かされている。
ディアレス学園では一年生時は契約をしていなくもよい。但し、二年進級までに契約が済んでいないと退学処分になってしまうのだ。
カリキュラムをちゃんと学んでいればどこかのタイミングで必ず契約ができるらしいが、残念ながら契約できず学園を去る者も毎年何人かいるらしい。
俺は魔力が無いのでそもそも契約ができない。だから本来なら進級できないが特別にこの部分を免除してもらっている。
皆の焦りや不安で塗りつぶされた顔をどこか他人事で見ているのは文字通り自分に関係が無いからなのだろう。
ただ、完全な免除ではない。代わりにやることがある。その面倒臭さを考えると一長一短なのかもしれないな。
「安心しろ。この学園の授業をしっかり学べば契約くらい簡単にこなせる。契約など通過点なのだから」
デイジーは一転して柔和な表情になった。
彼女の言葉にクラスメートたちも少し安堵した表情になっていく。契約が通過点。それは魔法が使えない俺でもわかるがとんでもないハードルの高さだ。彼らが怯えるのもわかる気がする。
「契約は通過点といったが……一年生の諸君からすれば遠い存在なのかもしれない。気持ちはわかるがそれでは困るぞ。何より特別科の人間は既に全員、契約が完了している。同い年の彼らにできて、君らにできぬわけがなかろう。心して学びなさい。君たちがいるのはディアレス学園。この大陸で最も素晴らしい学びの園にいるのだ。君たちは選ばれし者。才覚に溢れいずれこの世界を牽引する者たちである。それを自覚してきちんと学べば必ず
デイジーの言葉に全員が覚悟を決めたかのような精悍な顔つきになった。
普段は優しい表情のロビンも、だ。
正直羨ましいと思う。俺はどんなに頑張っても契約ができないのだから。
そしてデイジーの巧みな言葉選びにも感服した。これで全員火が付き真摯に勉学に勤しむだろう。教師としての彼女の手腕は最早疑う余地もない。
しかし……特別科は全員、契約が終わっているのか。改めて思う。アイツが天才だということに。
そしてその天才が複数いるとは。
この世界は本当に驚きの連続だ。
そこへ甲高い金属音のようなものが鳴り響く。それを合図にクラスメートは立ち上がり、デイジーに向かって一礼をした。
何回聞いても慣れないチャイムである。
デイジーは教材片手に部屋を出て行った。
今は漸く昼休み。
窓を開けると心地よい風が入ってくる。その風が俺をリフレッシュさせてくれた。と、言うのも俺の脳は先程の授業中に漸く再起動を終了したところだったから。
魔獣騒ぎから既に二十四時間が経過している。
あの魔獣出現後、学校内で緊急の会議が開かれそのまま学級閉鎖となってしまった。
体術訓練は強制終了。
アイツには会えずじまい。
俺はその現実に自我を亡失し気が付いたときには寮の自室でベッドに倒れ込んでいた。
記憶が全くなくロビンに連れられて寮まで帰ったようだがそれもあやふやである。
一夜明け、学校に登校した記憶もほぼ無い。つい先ほどまで脳がまともに動いておらず授業はもう聞いているだけの案山子状態だった。
授業の内容はところどころ記憶はあるが殆ど覚えていない。
デイジーが魔法の歴史について授業してくれていた辺りからやっと俺は覚醒しはじめたのである。
改めてクラスを見渡すと少しクラスメート達の表情が硬い。先程のデイジーの授業で緊張感を煽られたこともあるだろうが、昨日の魔獣騒ぎも尾を引いている感じがした。
俺に対してクラスメート達も思うところがあるのかどこか余所余所しい。それも仕方のないことだろう。素手で魔獣を斃す人間など近寄りがたい存在なのは百も承知。
あとはゴードンとの喧嘩の部分も影響していると思っている。
当のゴードンは本日休みだ。どうやら寮にはいるようだが帰宅してから一歩も外に出ていないらしい。
まぁ、彼の気持ちがわからないわけでもない。目の前で格下と思っていた相手に一敗地に塗れ、さらにダメ押しかのように魔獣の襲撃まであったのだから。彼の精神はボロボロだろう。
ただ、蟠りはとっておきたい。これは本心だ。昨日は確かに俺もやりすぎた。省みれば恥ずかしい限りである。
本当に猛省が多い一日だった。
薄ら覚えている今朝のホームルームにて、暫くは授業内容が変更になる場合があるとのこと。各自対応するようにデイジーから知らせがあった。
魔獣騒ぎの次の日でも普通に学校があることに少々驚く。
それに学園側としては『魔獣の襲撃』よりも『魔獣を学園内に侵入させた者がいる』という部分を重要視しているらしい。
確かにあれは人為的なものだ。俺がわかる程度のこと、この学園の魔法使いたちが気付いていないわけがない。
どうやら学園の教師たちは昨日からずっと対応に追われているみたいだ。デイジーも含め教員達もどこかピリついていた。覚えている範囲でだが。
どちらにせよこれらは俺の預かり知らぬ場所にある問題。学校が解決すればいい。
俺の腹が不意に空腹を訴える。そういえば昨夜からまともに飯を食っていない。
俺は食堂へ行こうと立ち上がる。
すると廊下のほうが何やら騒がしくなってきた。
全員が注視する中、一人のクラスメートが教室に勢いよく入ってくる。
「大変だ! 大変だぁ!」
あまりにも錯乱したその姿に俺は呆気にとられた。
もしやまたも魔獣が出現したのだろうか。不安が俺の胸に去来する。
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