第18話 契約の歴史

 契約コントラクト

 それは究極の進化を遂げた魔法のこと。

 これが生み出されたのは今から約五百年前。とある魔法使いが『幻界』とよばれる場所にすむ幻獣との邂逅が切っ掛けだった。


「出会いは偶然だったがこの進化は必然だった」


 これは幻界を発見した魔法使い、アナスタシアの言葉である。同時に今も尚語り継がれる格言でもある。


 歴史を紐解いてみれば魔法とは至極面倒なものだった。


 最初期は儀式と供物を用いて発動していたのだから。

 決まった場所、決まった時間、決まった順序で儀式を行い、そこに供物として代価を支払う。それでやっと魔法が使えたのだ。

 それも矮小な魔法ばかり。焚火程度の炎、桶一杯程度の水、片手で持てる石を操るくらいだった。


 その後、時代の流れと共に儀式は簡略化されていき、ある時を境に劇的に魔法は進化する。


 魔法陣の誕生だ。大きさにもよるが儀式の流れを文字と配列に組み込むことで儀式と同じ効果を得られるようになった。これにより決まった場所、決まった時間、決まった順序で行わなくてもよくなった。

 魔法の質も上がり、この頃くらいからちゃんと魔法と呼べるレベルの性質を備えるようになる。


 その代わり、新たな問題が生じた。

 それまでは家畜などを供物にしていたがそれでは進化した魔法が使えず、とうとう幼子の命を生贄として供物の代価にしたのだった。


 どちらか片方が弱まると違う片方が強くなる。


 これが魔法の原則だ。

 倫理観を無視し、生贄を捧げ、非道な魔法は世間に蔓延る。

 やがて魔法は数多の贄の先に更なる進化を遂げた。


 魔力の発見だ。

 魔法使いと呼ばれる人間の中に己の精神力で魔法を行使するものが現れた。後にこの精神力は『魔力』と呼ばれ、魔法を発動するのに使える力だということがわかった。これが生贄の代価となる。


 今では当たり前の概念だが当時ではこれは画期的な発見だった。

 他人を必要としなくなったことでどこでも自由に魔法が使えるようになりさらに利便性が大きく向上した。

 だが別の問題が発生する。魔法陣はより複雑に精緻に巨大化していくこととなったのだ。

 またここでも魔法の原則、『どちらか片方が弱まると違う片方が強くなる』が体現された。


 ただ、魔法陣の面倒さがあっても生贄という手間を考えるなら即効で使える魔力というものは当時の常識を塗り替えるには充分な代物だったのだ。


 しかし己の魔力を使用することで魔法使いはより洗練され才能の優劣がはっきりするようになる。そこで競争が生まれ新たな進化を見出した。


 それが詠唱である。

 魔法陣の手順プロセスを脳内で組み上げ、それを特殊な言霊に乗せて組み合わせることで魔法陣の本質である『儀式の簡略化』に成功したのだ。

 

 ところが、言霊だけでは不十分。脳内で正確に魔法陣を組み立てる必要があった。

 仕組みが生まれればあとは順応するだけ。魔法使いたちは己を鍛錬し、脳内で魔法陣を組み込めるよう自らも進化させていく。

 やがて頭の中でしっかりと魔法陣を描き詠唱を唱えることで魔法陣の代わりとする方法は定着した。

 この方法は後に『魔法演算』という名称になる。


 魔法使いの進化はそれだけに留まらない。魔法陣の想起があやふやでも詠唱に力を注ぐことでそれを補完する術も生まれ魔法使いたちは更なる進化に成功していくのだった。

 こうした進化によって魔法使いは魔法陣をわざわざ描かなくても多くの魔力を消費することで魔法を発動できるようになる。


 そしてこの時代の魔法使いは魔法陣、詠唱が不完全でも上質で膨大な量の魔力を消費すれば魔法が発動でき、逆に正しい構築、正しい詠唱であれば少ない魔力で魔法が発動できるようになっていたのだ。

 現在でも魔法陣を用いることで魔力の消費を抑え魔法が発動できるので魔法陣もまだ技術の一つとして残っている。

 ここで魔法使いは完成したと言われていた。

 何故なら頭で魔法陣を思い、口で詠唱を唱え、己の魔力を消費して魔法を放つ。この姿こそが極地だと思われていたからだ。


 それが五百年前に現れた『契約』によって覆る。

 高名な魔法使い、アナスタシア・メルクーリは自身が偶然発見した『幻界』という世界にいる幻獣と世界で初めて契約を行い魔法というものを究極の進化に導いたのだ。

 己の魔力を媒介を通じて幻獣に食わせることで幻獣が魔法使いの代わりに魔法陣の構築と詠唱、つまり魔法演算を行ってくれる。加えて従来の魔法より少ない魔力の消費で発動できるというメリットまであった。


 しかも契約における魔法は契約魔法ユニークと呼ばれ唯一無二の魔法となる。強力で特異な魔法。それでいて消費する魔力は従来よりも少ない。まさに魔法の究極の進化だ。


 このシステムは瞬く間に世界を席巻する。


 だが、誰でも彼でも契約できたわけではない。


 第一に幻界に赴かなければならない。幻獣は契約無しでこちらの世界に干渉できず、また幻界にすら来られないような者に興味など示さない。幻界に行くには一定水準以上の魔力量が必要だ。魔力量が一定以上でないと幻獣のいる幻界では人間としての形を保てない。人が深海で生きられないとの同じこと。そのため魔力が少ない者はこの土俵に立つことすら許されないのだ。


 第二に相性。契約するには幻獣との相性が絶対であり、己の個人属性アイデンティティが炎であるにも関わらず水属性の幻獣とは契約できない。そもそも幻獣が嫌がる。


 第三に魔力の質。質が高いほど強力な幻獣と契約ができる。強力な幻獣と契約できればずば抜けた契約魔法が行使できる。逆に質が悪いとどんなに相性がよくても幻獣は契約してくれない。


 例外的事由はあるものの概ねこれらの条件をクリアすることで幻獣と契約できる。

 契約が完了すると生み出されるのが幻獣と契約した者、即ち契約者コントラクターと幻獣を繋ぐ媒介、契約武器ミディエーションである。

 契約武器は千差万別の形をしており幻獣と契約者の魔法によって顕現する特殊な魔法具。契約者の魔力の性質と思想、幻獣の特性によって様々な武器として象られる。何故、媒介となる物が武器として生まれるのかは今でもわかっていない。


 また、契約武器が破壊されると契約不履行となり、幻獣は二度とその魔法使いに魔法を与えない。契約武器とは幻獣との信頼の証でもあるからだ。それをぞんざいに扱われることを幻獣はこの上なく嫌がる。破壊など以ての外なのだ。


 後に契約を細かく分析すると、幻獣が詠唱、契約武器が魔法陣の代わりを務めていることがわかった。そのことからも魔法陣の代わりという最重要な部分を司る契約武器の存在は大きく、これを失うことは魔法使いにとって致命的であるといえるだろう。


 こうして確実に『契約』は魔法の世界を変えた。

 また、この契約が究極の進化と評された最大の理由は『どちらか片方が弱まると違う片方が強くなる』という大原則を初めて打ち破ったからだ。


『契約』。

 それは世界を根本から変えた奇跡の名前である。

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