第13話 魔人の証明-後編

「な……なに?」


 俺の『魔人の証明』に驚くゴードン。完全に動きが止まっていた。


 それもそうだろう。自分の渾身の魔法が効かなかったのだから。それも防がれるわけでも、躱されるわけでもなく、殴り飛ばされたのだ。俺には傷一つない。服すら燃えておらず拳には火傷すらない。


 魔法の常識を覆す光景にゴードンの脳がストップを余儀なくされるのは仕方のないこと。

 そもそもこんな闘い方をする魔法使いなんてこの世界にはいないだろう。デイジーも驚いているようだった。


 俺は息を吐き、『魔人の証明』を解除する。そして一気に呆けるゴードンの場所までダッシュし距離を詰めた。

 停止していた脳が動き出したようだが彼は初動が遅れてしまう。魔法を使おうとしたが混乱したためか発動できないでいた。


 その隙に完全に間合いに入った俺はゴードンの腹に五割程度の力でアッパーを打ち込む。


「ごあ!」


 くの字に曲がるゴードン。

 俺はがら空きの顎に右ストレートを叩き込んだ。勿論手加減をして。


「ぐふ!」


 顎を打ち抜いた右手に確かな手応えが伝わる。

 ゴードンは為す術なく崩れ落ちた。


 頭から落ちると危ないので俺はゴードンの後ろの襟を鷲掴みにして空中でブレーキを掛ける。


 その結果ダウンこそ免れたが、脳震盪を起こしているのか目の焦点は合っておらず、無様に涎を垂らしており、ゴードンは気絶していた。


 俺は完全にKOしたゴードンを優しく丁寧にそっと地面に置く。


「さて……デイジー先生、俺の勝ちで良いですか?」


 勝利の余韻に浸りながら俺はデイジーに尋ねた。

 デイジーは俺の声に役目を思い出したのか、慌ててゴードンの怪我の具合を確認しにやってくる。


「うむ……大丈夫そうだな……アイガ、君の勝ちだ」

「どうも」


 俺は右手を天に向かって突き出した。

 遠くのほうでクラスメートたちの戸惑う声が聞こえてくる。それは俺にとっての勝鬨のようだった。

 大満足とは言えないまでも俺の中にあった闘争心が水蒸気のように発散されていく。


 心地よい風が俺を包んだ。


「まさか、お前が『魔人の証明』の使い手とは……驚いたぞ……」


 デイジーはゴードンを仰向けに寝かせながら話しかけてくる。彼の頭には水でできた枕のようなものがあった。デイジーが魔法で用意したようだ。


「シャロンから聞いていなかったんですか?」

は聞いていない」


 デイジーと俺の間に張り詰めた空気が流れる。


『魔人の証明』。それはこの世界で五百年以上前に生み出された技術。

 特殊な魔石を砕き顔料と混ぜ特殊な絵の具を生み出す。それを決まった儀礼でさらに魔力を帯びさせる。これで魔液が完成だ。

 その魔液を術者の身体に直接彫り入れる。決まった文字と配列で、決まった分量を入れるのだ。それはまさに人体をキャンバスにした魔法陣。そうすることで出来上がるのが『魔人の証明』である。


 これを彫った人間は魔力が少なくても、周囲の魔素を取り込み強制的に魔法が使えるようになるのだ。


 この技術はこの世界の戦時中に生み出されたものらしく、これにより弱い魔力の者でも無理矢理魔法のレベルを上げて強力な魔術師を量産しようとしたらしい。


 だが所詮は机上の空論。『魔人の証明』には致命的な欠陥があった。


 なんと無属性魔法しか発現できなかったのだ。属性魔法を使おうとすると発動すらしない。原因は空気中の魔素が無属性であること。無属性の魔素からは無属性の魔法しか生成できなかった。


 魔法の世界にある魔素は全て原則、無属性。即ち属性魔法は『魔人の証明』を用いては使えないのである。


 結局、属性を伴う魔法を使うにはその者の魔力を消費するので『魔人の証明』は意味がないといことに結果になった。

 馬鹿みたいに手間暇掛けて高価な魔石も砕いてこの程度。しかもその後確立されたある技術のほうが圧倒的に優れていたためすぐに廃棄された悲しい技術なのだ。


 俺はそれを師匠により施されている。

 この『魔人の証明』により俺は魔力が無いながらも無属性の『強化魔法』と『防御魔法』が使えるようになった。但し、強化魔法のパワーアップは二倍が限界。防御魔法も中級魔法を先ほどのゴードン戦のように軽く弾く程度。実戦には程遠い代物だ。


 しかし、強化魔法のお陰で強烈な火球を殴り飛ばせたし、防御魔法のお陰で火傷すらしていないのだから俺にとっては充分すぎる武器である。

『魔人の証明』は魔力が無い俺からすれば素晴らしい技術。魔法が使えた錯覚に浸れるし、ゴードン程度が相手なら難なく倒せるのだから。まぁ、それは何の自慢にならないことは重々承知だが。


 そもそも俺はこれでこの世界を渡り合うつもりでもない。

 これは言わば下地。次の切り札のための下地なのだから。


「ま……じん?」


 ゴードンが目を覚ましたようである。


 ただ、まだ意識は朦朧としているし呂律も合っていない。軽い気絶だったはずなのでこのまま安静にしていればあと十数分で元気になるはずだが今は無理をさせないほうがいいだろう。

 俺と同じ意見だったのかデイジーは「いいから休んでなさい」と優しくゴードンを撫でた。

 ゴードンは敗北した現実と慰められている現状を受け入れている最中なのか茫然と空を見ながら固まっている。その目には薄らと涙もあった。


 その姿を見て流石にやりすぎたかもしれないと俺は反省する。今日は反省ばかりだ。


「とにかく、これで喧嘩は終わりだ。約束通り遺恨も無し。それよりあまり問題を起こすな。立場を悪くするだけだぞ」


 デイジーの言葉は俺には響かない。闘争心とは違う何か仄暗い感情が沸き上がる。俺はその感情を深呼吸で抑えつけた。


「降りかかる火の粉を払ったまでですよ。文字通りね」


 俺の態度にデイジーは深く嘆息する。


「もういい。とりあえず、次の組を始めるか。アイガは適当な場所で休んでいろ」


 デイジーは立ち上がった。どうやらゴードンはそのままそこに寝かせておくつもりらしい。

 俺もとりあえず休憩しようかと思い、邪魔にならなさそうな場所に移動する。


 その時だった。

 突如、大気を振るわせるようなけたたましい爆音が響き渡る。身体の芯から震わせるそれに慄く俺。


 音のした方角を望むとそこには……

 五体の魔獣がいた。

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